新体制運動(しんたいせいうんどう)とは、1940年(昭和15年)、大日本帝国において近衛文麿首相が中心となった新党結成運動に始まり、同年の第2次近衛内閣による外交政策で日独伊三国同盟が締結され、アドルフ・ヒトラーの率いるナチス・ドイツやベニート・ムッソリーニ率いるイタリア・ファシスト党を模して内政面で、国民組織を結成しようとした政治運動である。 統制経済、尋常小学校制の解体(国民学校)、政党の正式な解体(大政翼賛会)、労働組合の解体(大日本産業報国会)を通して、国家総動員による連合国との戦争、共産主義の阻止を目指した。 もともとは1940年6月頃の近衛文麿が新体制確立を表明して始まった新党結成運動で、既成政党政治家らが新体制で良い地位につこうと参入を目指した時のスローガン。その後、新党結成自体は立消えになるが、対象内容が変わり、ドイツの電撃作戦による破竹の進撃を目の当たりしたことで、当時の

