被爆直前の広島市中島町の模型 - 東(右側)の元安川に架かる元安橋と西(左側)の本川に架かる本川橋の2橋を結ぶ中島本通の中ほどに見える、奥行きのある縦長の建物が藤井商事の社屋である。第一局はこの社屋に隣接する別邸で開催された。ここに見える建造物は爆心地(元安橋東詰よりやや北東方面)から至近距離にあり、すべて原爆により壊滅している。 1939年(昭和14年)に世襲制が廃止され選手権制になった本因坊戦は、当時の日本の囲碁界で最も権威ある、唯一のタイトル戦であった。この頃は、本因坊戦挑戦手合は2年に1度行われていた。1943年(昭和18年)の第2期本因坊戦では、第1期本因坊であった関山利一(本因坊利仙)七段に橋本宇太郎七段が挑戦。五番勝負の途中で関山本因坊の体調が悪化し、病気棄権により橋本七段が本因坊位に就いた(号は本因坊昭宇)。 第3期本因坊戦は、橋本本因坊に岩本薫七段が挑戦する形で、1945

