先日、新国立劇場で歌劇『ナターシャ』が世界初演された。台本は多和田葉子、作曲は細川俊夫。それについて片山杜秀が朝日新聞に紹介した(2025年8月14日、夕刊)。 (……)たとえば大江健三郎は、広島で地獄を見た被爆青年が人類の未来の天国的幻影を見て生き直そうとするオペラ台本を書いた。芥川也寸志作曲「ヒロシマのオルフェ」である。しかし多和田にもはや楽天的未来はない。歌劇全編ほぼ地獄。大江から多和田へ。時代は深刻化したのだ。 作曲は細川俊夫。禅や能に通ずる美意識を、狭く深く掘ってきた大家だ。一種不器用。高倉健的。しかし今回は盛りだくさんの台本に応じて役柄を広げようとした。「快楽地獄」には退廃的ポップを。「ビジネス地獄」には捌けたミニマル音楽を。けれど戯画には器用さが不可欠。迫真的だが少しデフォルメ。それでこそ毒が飛ぶ。その芸が未成。 でも後半の「炎上地獄」と「旱魃地獄」では本領発揮。世界は燃えて