脚本家に「つまらない」と切り捨てられ、松竹・東宝・東映・大映にも断られた…それでも大ヒットした『砂の器』映画化の真相写真はイメージです Photo:PIXTA

日本映画史に残る名作として語られる『砂の器』だが、映画化の道のりは順風満帆ではなかった。脚本家からは「つまらない」と酷評され、松竹・東宝・東映・大映などの大手映画会社から企画を断られる毎日。なぜ、誰もが首を横に振った作品が、空前の大ヒットへとつながったのか。松本清張の運命を変えた、決定的な転機とは?※本稿は、文芸評論家の酒井 信『松本清張の昭和』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

橋本忍は『砂の器』を読んで
つまらないと困惑した

 春日太一が脚本家・橋本忍の生涯を描いた評伝『鬼の筆』(2023年)によると、『砂の器』の映画化について、監督の野村芳太郎と脚本の橋本忍に持ち掛けたのは、清張本人だったという。

「橋本さん、今度、僕は初めて全国紙に連載を書くことになった。読売新聞なんだ。これをぜひ映画にしてください」(『鬼の筆』)と、清張が橋本に頼んだのだ。

 黒澤明の映画「羅生門」「生きる」「七人の侍」などの脚本で知られる橋本は、「張込み」や「ゼロの焦点」の脚本を書いて以来、清張の食事会に招かれていた。この時の話も、橋本は二つ返事で引き受けたが、新聞連載の「砂の器」の切り抜きを読んだ後、次のような感想を持ったという。

「いや、まことに出来が悪い。つまらん。もう生理的に読めないの。半分ぐらい読んだけど、あと読まないで、どうしようかと思ってたんだけどね……」(『鬼の筆』)

 ただこの橋本忍の感想には、映画「砂の器」の脚本を神話化する「誇張」も混じっていると私は考える。確かにこの時期の清張は過度に忙しく、乱筆だった。