コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第151回

2026年1月28日更新

佐藤久理子 Paris, je t'aime
パリの日本映画祭キノタヨのプレミアに参加した李相日監督
パリの日本映画祭キノタヨのプレミアに参加した李相日監督

李相日監督の「国宝」が昨年末、フランスで公開された。一足先に開催されたパリの日本映画祭キノタヨでプレミアを迎え、その反響を引き継ぐ形での劇場公開となった。

フランス語の題名は、フランス人にも音的に馴染みのある「カブキ」を強調したLe Maître du Kabuki (ル・メートル・デュ・カブキ/歌舞伎の師匠)」。日本で実写映画史上最大の動員を記録したことを謳い、街頭ポスターなども見かけたので、かなり宣伝も力を入れていたと思う。が、おそらくは175分という長尺のせいだろう、動員的には4週間で7万人弱とやや苦戦している印象だ。アニメや漫画好きの若年層にはあまり訴求しなかったのかもしれないし、「女形」というものに馴染みがないゆえ、日本文化にかなり詳しい観客層に絞られることになったのかもしれない。

いずれにしても、鑑賞者の反応は批評家も含めてかなり良い。映画サイト、ALLOCINEの統計によれば、マスコミ評価の平均は5点満点中3.7。一般観客の評価の平均は4.2。5点満点を付けた全国紙ル・パリジャンは、「この大河ドラマのように壮大な映画は、マーティン・スコセッシを彷彿させる熱のこもったテンポと、主演俳優ふたりの頂点を極めた演技、非凡な演出の結晶である。素晴らしい」と絶賛。他にも「芸術家になるために必要な恩寵の代償と犠牲の両方に疑問を投げかけることで、李監督は偉大で繊細なスペクタクルを提供すると同時に、深く感動的な寓話を生み出している」(プレミア)、「おもに京都で撮影された本作は、舞台美術における再現の質の高さが光る。日本文化の愛好家は細部の豊かさと洗練されたセットや衣装に目を見張るにちがいない」(パリマッチ) 、「2時間55分という長さと、いくつかの欲求不満をもたらす物語的省略にもかかわらず、成功の裏にある陰の部分と芸術の継承について、視覚的に素晴らしいフレスコ画を織り成している」(ル・ポワン)といった声が上がっている。

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キノタヨ映画祭では老若男女まざったほぼ満席のなか、李監督自身が登壇し、上映後に観客とのQ&Aを開催した。そのときの観客の反応も、「心を揺さぶられた」「美しく感動的で、とても興味深かった」「(歌舞伎の世界に)驚いた」といった声が上がっていた。また「歌舞伎の舞台がいくつも出てくるが、本物の劇場を使ったのか、それともセットを作ったのか」「この素晴らしい役者たちは何者か。いったいどうやってこれほどの技術を身に付けたのか」「本作に対する歌舞伎界の演者たちの反応はどんなものだったか」「実際にヤクザの世界(家族)から歌舞伎の道に入った人はいるのか」など、微細にわたり熱心な質問が挙がり、日本文化への興味の深さが伺えた。

さらに「吉田修一の原作を取り上げたのは今回が3度目と聞いているが、なぜ興味を惹かれるのか、また脚色するときの自由度は?」といった突っ込んだ質問も。李監督は、「吉田さんとはとても相性が良いと感じています。人間の醜い部分に光を当てるけれど、結果的に美しさや善性も見せてくれる。そこに共感します。この物語はライバルの関係がテーマにあり、ふつうなら嫉妬や裏切りに彩られてもおかしくないですが、彼らのあいだに歌舞伎という芸術を挟むことにより、一緒に高みを目指すというか、同じ魂を持った高尚な魂の交流になっていて、そこに共感しました。また小説は主人公の50年にわたる軌跡や、いろいろな人の人生が描かれていて、全部描いたら10時間ぐらいになりますが(笑)、それを3時間にさせてもらいました」と解説した。

観客のなかには、「とにかく映像が美しく、驚かされることばかりだったので、もう一度観て次は物語的な部分をじっくり味わいたいと思う」という人もいた。たしかにこういった長尺のフレスコ映画は、ゆっくりと口コミで広まっていくことが多い。なるべく長く映画館に留まってくれることを願いたい。(佐藤久理子)

筆者紹介

佐藤久理子のコラム

佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。

Twitter:@KurikoSato

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