チェンジリング

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劇場公開日:2009年2月20日

チェンジリング

解説・あらすじ

1928年のロサンゼルスを舞台に、誘拐された息子の生還を祈る母親(アンジェリーナ・ジョリー)の闘いを描くクリント・イーストウッド監督によるサスペンスドラマ。息子は無事に警察に保護されるが、実の子でないと疑念を抱いた母親が、腐敗した警察に頼らずに自ら息子の行方を捜して行動を起こし、同時に市長や警察機構を告発する。共演にジョン・マルコビッチ。

2008年製作/142分/アメリカ
原題または英題:Changeling
配給:東宝東和
劇場公開日:2009年2月20日

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第33回 日本アカデミー賞(2010年)

ノミネート

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映画レビュー

3.5 チェンジリング

2026年1月24日
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鑑賞方法:映画館

今年2009年には満79歳になるクリント・イーストウッドというこの映画作家の凄まじいまでのエネルギーは一体何処から来ているのだろうか?
一向にボルテージが下がる様子がなく、テンションが緩んだユッタリとした老境を感じさせるような作品にもなっておらず、 或いは小粒なスケールの佳作が増えてきたといったような傾向も今のところ皆無である。
映画史上において巨匠、名匠と呼ばれる偉大な映画監督であっても決して避けて通ることが出来なかった加齢から来る作品上に見られる上記のような衰えが全く見られない。
それどころか年齢を重ねる毎に、取り扱うテーマは重くなり(嘗ての様な軽い作品が姿を消してしまったのはちょっと残念だが)、だからと言って決して頭でっかちな映画になっている訳でもなく、また説教臭くなって来ている訳でもない。
老いて益々作品は重厚且つ緻密になり、構成にも隙が見られない。また映画自体もスケールアップしている為、イーストウッドの新作が封切られる度に多くの観客が口を揃えて「前作を上回る出来栄えである。」と意図も容易に言い切ってしまうこととなり、驚きの色が隠せない。
参考までに巨匠、名匠と呼ばれる映画監督で、老齢まで映画を撮り続けた人達の作品と製作時の年齢を以下に示す。
ジョン・フォード監督: シャイアン('64)=69歳、荒野の女たち('66)=71歳
ハワード・ホークス監督: エル・ドラド('66)=71歳、リオ・ロボ('70)=74歳
ジョン・ヒューストン監督: 勝利への脱出('80)=74歳、アニー('82)=76歳、女と男の名誉('85)=79歳、ザ・デッド/『ダブリン市民』('87)より=81歳
ビリー・ワイルダー監督: 悲愁('79)=73歳、バディ・バディ('81)=75歳
アルフレッド・ヒッチコック監督: フレンジー('72)=73歳、ファミリー・プロット('76)=77歳
黒澤明監督:乱('85)= 75歳、夢('90)=80歳、八月の狂詩曲('91)=81歳、まあだだよ('93)=83歳
そしてイーストウッドはと言うと以下に示すような状況だ。
クリント・イーストウッド監督: スペース・カウボーイ('00)-兼主演=70歳、ブラッド・ワーク('02)-兼主演=72歳、ミスティック・リバー('03)-兼音楽=73歳、ピアノ・ブルース('03)=73歳、ミリオンダラー・ベイビー('04)-兼主演=74歳、父親たちの星条旗('06)-兼音楽=76歳、硫黄島からの手紙('06)=76歳、さよなら。いつかわかること('08)-音楽=78歳、チェンジリング('08)-兼音楽=78歳、グラン・トリノ('08)-兼主演=78歳
短期間で撮影を終え、次々と作品を送り出す多作家であるところも未だ変わらず、その驚異的なペースも以前と変わらない。自らのプロダクション(マルパソ)を持つ製作者でもあり、作品によっては主演、音楽も兼ねるというこのエネルギーに対抗し得る映画作家は目下の所、古今東西を探してもちょっと見当たらない。
さて今回の作品はどうだったのかと言えば、一言で言ってその出来の良さに圧倒されてしまった。
イーストウッドの描く一連の犯罪を取り扱ったサスペンス・スリラーとしては珍しい時代物であり、丁度ユニヴァーサル・スタジオが設立され、映画がサイレントからトーキーへと移り変わる1920年代後半のロサンゼルス(ほぼハリウッド近辺である)を舞台にしており、この映画の冒頭に現れるユニヴァーサル映画のトレード・マークも怪奇映画の名作「フランケンシュタイン ('31)」、「魔人ドラキュラ ('31)」、「フランケンシュタインの花嫁 ('35)」、音楽映画の名作「オーケストラの少女 ('37)」やアメリカ時代のヒッチコックの初期傑作「逃走迷路 ('42)」で見られるあの懐かしのマークだ。
誘拐された一人息子を孤独に探し出そうとするシングル・マザーであるクリスティン・コリンズ(アンジェリーナ・ジョリー)の姿を描いた感動的な母物であり、同時に恐るべき史実に基づいた猟奇殺人を描いたかなり陰惨な犯罪劇でもある。これら二つが絡み合いながら進行する内に浮き彫りになって来るのは、当時の警察のずさんな捜査と警察組織自体のあるまじき行為の数々であり、猟奇殺人もさることながら、最も恐ろしいのはそんな捜査記録を組織ぐるみで隠蔽する為の暴力行為であり、警察組織の腐敗ぶりである。この女主人公が受ける数々の受難のシーンをリアルに見せられる内に、観ているこちら側も次第に生理的に耐えられなくなる程の痛み、苦しみ、恐怖を実感させられることとなる。
警察組織の腐敗と言えば、イーストウッドが四半世紀以上も前から「ダーティハリー・シリーズ ('71)~('88)」, 「ガントレット ('77)」等で繰返し描き続けて来たテーマであるが、当時のように法を無視した正義の暴力で悪を一掃すると言ったような勧善懲悪のヒーローも登場せず、アクション派女優として有名なアンジェリーナ・ジョリーも今回に限っては唯ひたすら精神的なタフネス振りを見せることに終始している。
やがて当時の警察組織に対し予てから疑問を抱いていた教会側が彼女に手を差し伸べ、無償で弁護士が付き、またこの猟奇殺人事件の捜査に疑問を抱いた正義感のある一捜査官が立ち上がる。そして最終的には市民運動にまで発展し、映画はクライマックスへと、殺人事件の真相究明と警察側が執った暴力行為が次々と明るみにされる法廷シーンへと進む。この法廷シーンにおける法に則った完全懲悪振りは、爽快さと力強さに満ち溢れており、そこに至るまでに共有体験させられた生理的な不快感が一掃されることとなる。
にも拘らず、どこか心が晴れず曖昧さが残るのは、捉われた20人近い子供たちの内、数人は逃げ出すことに成功したのが分かるのだが、彼女の一人息子は本当に殺害されたのか?或いは逃げ延びて何処かで生きているのか?がこの法廷シーンでは何も証明されないからである。
映画は刑務所に収監されている犯人を死刑前日に訪問し、涙ながらに真相告白を迫るクリスティンの姿を追う。更には死刑執行の模様までもが非常にリアルにこれまた生理的な痛みと不快感の極みを伴いながら厳しくも淡々とした口調で描かれていき、またも映画を観ている観客側に突きつけられる。この辺りは同じくイーストウッド監督作品の「トゥルー・クライム ('99)」を想起させるが、ここでの救いのない痛々しさは、それを遥かに凌駕しており、トルーマン・カポーティ原作、リチャード・ブルックス監督作品「冷血 ('67)」を思わせる程である。
それから数年が経ち、時は1934年の春となり、丁度アカデミー賞の受賞式の夜、フランク・キャプラ監督の名作「或る夜の出来事 ('34)」が「クレオパトラ ('34)」, 「影なき男
('34)」等をおさえて作品賞を受賞したその直後に、クリスティンはあの猟奇殺人事件で捉われた少年の内の一人が今尚生きており、無事に生還したと言う知らせを受ける。
映画の最後では、今や表面的には完全に社会復帰を果たしたクリスティンが、この僅かではあるが小さな希望を抱きつつ、一生涯を一人息子の捜索に費やしたという事実が字幕で知らされ、その深い母親の愛情を感じながらも、非常にやるせない思いと漠然とした不安感を伴いながら終わる。
クリント・イーストウッド程、社会における暴力とその恐怖を生理的な痛みを伴って表現出来る作家は居ない。またその暴力の結果として生じる様々な問題に関しては、漠然とした煮え切らない結末を示すことが多く、不安感を拭えないものが多い。時には明確に回答が示されたりすることもあるが, それは決して絶対的なものではなく、賛否両論を捲き起こし、最終的には観ているこちら側の一人一人の判断に委ねられることが大半である。これもこの作家ならではの特質であり、複雑な社会の問題点をリアルに浮き彫りにしていくといった点において、本質的に過去よりも寧ろ現代の映画製作に非常にマッチしているように思えてならない。
次回作が早くも控えている。4月25日(土)ロードショー公開予定の「グラン・トリノ」だ。
本作では久しぶりに主演も兼ねているから楽しみだ。噂にによると俳優としてはこれを最後にして、今後は監督業に専念する(?)とのことである。
「グラン・トリノ」とは1972年製のフォード車。BIG3全盛時代の象徴のような車である。この映画は朝鮮戦争を経験した後、フォードで自動車工として働き、定年後も日本車に押されて沈みゆくデトロイトに住み着いている頑固老人の最期を綴った古き良き時代のアメリカへの鎮魂歌のような作品らしい。
俳優イーストウッドとして、あのジョン・ウェインが映画の中で自らが演じて来た数々の役柄と共に自己を葬り伝説化させた名作「ラスト・シューティスト('77) (ダーティ・ハリーの)ドン・シーゲル監督」のような作品になるのではないか?と、過去にイーストウッドが好んで演じた役柄の集大成のような映画になっているのではないかと、今からとても楽しみなのである。
既に本国アメリカでは、全イーストウッド作品中過去最高の興行収入を得て上映中とのことである。

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ナオイリ

4.0 ホラー

2025年9月5日
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鑑賞方法:VOD

怖い

とにかく怖かった
もうラストかな と思っても、
その後が描かれて
最後には悲しくて泣いた
実話ベースの映画と思うと怖さが増す

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きなこ

4.0 実話というのが衝撃的!!!! 警察が腐りすぎてて憎たらしくてしょうがなかった笑

2025年8月19日
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ジュディス

4.5 【90.1】チェンジリング 映画レビュー

2025年8月12日
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鑑賞方法:VOD

作品の完成度
本作はクリント・イーストウッド監督の円熟期を象徴する、圧倒的な完成度を誇る傑作。物語の核となるのは、警察の腐敗という社会的な不正と、それに対し一人の母親が孤立無援で立ち向かう個人の闘いという二層のドラマだ。この重厚なテーマを、監督は上映時間142分に一切の無駄なく描ききっている。物語の展開は緻密で、観客は主人公の絶望と希望、怒りと悲しみを追体験していく。実話に基づいているからこその説得力が全編を貫き、観客はフィクションを超えたリアリティに引き込まれる。特に終盤、事件の真相が明らかになり、主人公の闘いが法廷闘争へと発展していく過程は、単なるサスペンスを超えた社会派ドラマとしての重みを持つ。そして何より、希望を失わずに息子を待ち続けるクリスティンの姿は、人間の尊厳と母性愛の強さを深く問いかける。物語、演出、演技、映像、音楽、そのすべてが高次元で融合し、観客に深い感動と問題提起をもたらす、映画史に残る完成度といえる。
監督・演出・編集
クリント・イーストウッド監督による抑制の効いた演出が光る。感情に訴えかけることを目的とした過度な演出を排し、淡々と、しかし力強く物語を紡いでいく。観客は主人公の感情を強制されることなく、自らの感情で物語に没入していくことができる。長回しを多用し、登場人物の葛藤や決意をじっくりと見せる一方で、裁判のシーンではテンポの良いカット割りが緊張感を高める。編集はジェームズ・J・ムラカミとゲイリー・D・ローチが担当。緩急をつけた絶妙なリズムが、長尺を感じさせない。特に、クリスティンが精神病院に強制収容されるシーンの不条理さと、その後の法廷闘争におけるカタルシスのコントラストは鮮やか。監督自身の作風である、静謐でメランコリックな雰囲気が、1920年代のロサンゼルスの街並みと見事に調和している。
キャスティング・役者の演技
主演、助演陣の演技が作品の重みを支えている。特に主演のアンジェリーナ・ジョリーは、キャリア史上最高の演技との評価も高く、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。
* アンジェリーナ・ジョリー(クリスティン・コリンズ役)
息子を突然失い、警察の理不尽な対応に翻弄されるシングルマザーを熱演。息子が戻ってきたと聞かされ、喜びに満ちた表情から、それが別人だと悟った瞬間のわずかな表情の変化、そして絶望へと突き落とされる様子を繊細に演じ分ける。警察に反抗して精神病院に送られた後、尊厳を奪われながらも決して諦めない強い意志を眼差しで表現。終盤、犯人との面会で息子の消息を問い詰めるシーンでは、怒りや憎しみ、そしてわずかな希望を抱く複雑な感情を爆発させ、観客の心を揺さぶる。絶望の淵に立たされても、母としての信念を貫く力強い姿は、観る者に深い感動を与える。
* ジョン・マルコヴィッチ(グスタヴ・ブリーグレブ牧師役)
不正が横行する警察を告発する孤高の牧師を演じる。彼の演じる牧師は、クリスティンの唯一の理解者であり、希望の光。理知的で冷静でありながら、正義感に燃える情熱的な面を抑制の効いた演技で見せる。不正と闘うクリスティンに共感し、彼女を支える姿は、物語に大きな安心感と希望をもたらす。静かな語り口と眼差しに、揺るぎない信念を感じさせる演技はさすがの一言。
* ジェフリー・ドノヴァン(J・J・ジョーンズ警部役)
腐敗したロス市警の権力を象徴する冷酷な警部を怪演。自身の保身のために、クリスティンの主張を無視し、彼女を精神病院に送り込むなど、非道な行いを繰り返す。その悪役ぶりは徹底しており、観客の怒りを一身に引き受ける。権力を笠に着て尊大な態度を取る一方で、内心では自身の保身と恐怖に怯える人物像を巧みに表現。クリスティンとの対立は、この物語の大きな推進力となっている。
* エイミー・ライアン(キャロル・デクスター役)
クリスティンが強制入院させられた精神病院で出会う女性。理不尽な警察権力に屈した被害者の一人であり、クリスティンに現実の厳しさを突きつける。彼女の絶望的な表情は、クリスティンが置かれている状況の深刻さを観客に伝える。短い登場ながら、その存在感は強く、クリスティンが直面する闘いの過酷さを物語る重要な役割を果たしている。
* ジェイソン・バトラー・ハーナー(ゴードン・ノースコット役)
物語の後半、連続殺人事件の犯人として登場する人物。その残虐性を内包しながらも、どこか世俗的で神経質な青年という人物像を演じる。彼の登場により、クリスティンの闘いが単なる警察の不正告発だけでなく、息子を殺されたかもしれないという個人的な悲劇へと深まる。悪そのものを体現するような鬼気迫る演技は、物語に決定的な緊張感と恐怖をもたらす。
脚本・ストーリー
脚本はJ・マイケル・ストラジンスキーが担当。実話に基づいた重厚なストーリーを、サスペンスフルな展開とヒューマンドラマの要素を巧みに融合させて描き出す。警察の腐敗、女性差別の問題、そして精神医療における人権侵害といった、当時のアメリカが抱えていた社会問題を鋭く切り込む。主人公クリスティンの「息子を返してほしい」というシンプルな願いが、巨大な権力との闘いへと発展していく過程は、観客の感情を強く揺さぶる。物語はクリスティンの個人的な悲劇から始まり、やがて社会全体を揺るがす大きな事件へと広がっていく。結末は完全なハッピーエンドではないが、彼女の闘いが無駄ではなかったことを示唆し、観客に希望を残す。ストラジンスキーは、この脚本でアカデミー賞脚本賞にノミネートされている。
映像・美術衣装
トム・スターンによる撮影は、1920年代のロサンゼルスをモノトーン調の落ち着いた色調で表現。街の活気や人々の生活をリアルに捉えつつ、同時に事件の不穏な雰囲気を醸し出す。特に、クリスティンの自宅や精神病院の薄暗い映像は、彼女の孤独や絶望感を強調している。美術はジェームズ・J・ムラカミとゲイリー・D・ローチが担当。当時のロサンゼルスの街並み、電話交換局、精神病院の内部など、細部にまでこだわったセットが、時代背景に説得力を持たせている。衣装はデボラ・ホッパーが担当。クリスティンの着用するクラシカルなドレスや帽子、手袋は、当時の女性のファッションを忠実に再現。それらの衣装は、彼女の気品と、警察の理不尽な対応に抗う強さを象徴している。
音楽
クリント・イーストウッド監督自身が作曲を担当。ジャズを基調としたシンプルで抑制の効いたスコアが、映画全体に静謐でメランコリックな雰囲気を醸し出す。過剰な感情表現を避け、物語の陰影をさりげなく彩る。特に、ピアノの旋律が印象的で、クリスティンの孤独な心情や、わずかに残された希望を表現している。主題歌は特になし。
受賞・ノミネート
第81回アカデミー賞では、主演女優賞(アンジェリーナ・ジョリー)、脚本賞(J・マイケル・ストラジンスキー)、撮影賞(トム・スターン)の3部門にノミネートされた。カンヌ国際映画祭コンペティション部門にも出品され、高い評価を獲得。その他、主要な映画賞に多数ノミネートされている。

作品 Changeling
監督 クリント・イーストウッド 126×0.715 90.1
編集
主演 アンジェリーナ・ジョリーA9×3
助演 マイケル・ケリー A9
脚本・ストーリー J・マイケル・ストラジンスキー A9×7
撮影・映像 トム・スターン A9
美術・衣装 ジェームズ・J・ムラカミ
A9
音楽 クリント・イーストウッド A9

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honey