高市政権存続のための思考実験
――存立危機事態・解散・中国――

逆転の発想が役立つかも
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「存立危機事態」発言を、撤回することが理にも利にも叶っていると、1月10日付のブログで主張しました。撤回しないでこんなことを言い続けるメリットが何も見付からないからです。
とは言え、一度発言したことを撤回するのはが難しいことも良く分ります。それは私自身、厳しい経験をしたからです。
《唯我独尊》
もう20年以上前になりますが、2004年の平和宣言の中の「唯我独尊」という言葉を撤回したのです。「安芸門徒」と呼ばれる浄土真宗の信者さんたちから、「唯我独尊」という言葉を「自己中心的」という意味で使うことには大いなる違和感があるのでその表現を変えて欲しいという要望が届いていたのです。
記念式典で平和宣言を正式に発表する前でしたが、既に記者会見でその趣旨は発表していました。8月6日当日のプログラムも印刷済みの時点での決定を迫られていたのです。もし撤回するのであれば市長を辞めなくてはいけないという覚悟さえしていました。
その時の経緯は、当時、広島平和文化センターの理事長だった元朝日新聞の斎藤忠臣さんとのやりとりとして11年前のブログにアップしてありますので、その一部を引用します。
2004年の平和宣言の中アメリカを批判した「唯我独尊」という言葉について、安芸
門徒の皆さんからの指摘を受けたとき、斎藤さんからは、物書きとしての基本姿勢
を教わりました。
仏教的な解釈の他に、辞書には「世の中に自分ほど偉いものはないと己惚れるこ
と」という意味がありますし、仏教から離れても字面だけから判断するとそれが正
しい意味です。だから、そのままでよい、というのが斎藤さん貴方の考え方でし
た。でも、最終的には、市長の判断だから任せると言ってくれました。
それを主張するのは正しいことなのですし、もう印刷されてしまっている平和宣言
を式典の当日に口頭で修正すること等許されないだろうと、私は考えていました。
しかし、平和宣言という市民の代弁としての文書の中で、しかも、この使い方には
異議のある多くの人たちがいるにもかかわらず、間違ってはいないからという理由
で訂正をしないことこそ、問題なのだと気付きました。深夜でした。そして8月6日
には、「唯我独尊」は使わず、「自己中心主義」に改めて、平和宣言を読みまし
た。
マスコミからの批判もあまりなく、ホッとしてから気付いたことがあります。それ
は、斎藤さんが「正しいことだから直すな」と言ったことの本当の意味です。あれ
は友情の言葉だったのです。
斎藤さんには、頑固で人の言うことを聞かない私の性格が良く分っていました。そ
して、変更をして欲しいという安芸門徒の声があるにもかかわらず、「唯我独尊」
を使うかもしれないであろうことを危惧していたのです。訂正すればそれで問題は
ない、でも「唯我独尊」に拘って、それこそ「唯我独尊」で頑迷固陋な市長の判断
に批判が集中した時に、斎藤さんは、「あれは自分の意見を採用したのだから、自
分が受けて立つ」と引き取る積りで、訂正するなと言ってくれたのだということが
良く分ったのです、
《盾仮説》
さて、ここでの教訓の一つは、朝日新聞の敏腕記者だった斉藤さんがどんなシナリオを描いていたのかということです。それは、社会的に大きな批判がある場合には、総理大臣なり首長なり、あるいは企業やその他の組織の長等、発言者自身に批判が集中するのですが、マスコミ的な立場から考えると、その批判を躱すための盾になる存在が必要だという現実的対応法ですす。
ここから思考実験を始めますが、この必要性を仮に「盾仮説」と呼んでおきましょう。この仮説を元に、高市政権を存続させるためにどのような可能性があるのかを考えてみましょう。逆転の発想という言葉がヒントになりますが、事に深刻さを伝えられればと思います。
私の場合には、「唯我独尊」という言葉を撤回しましたので、その盾の必要はなくなりました。高市総理の場合、撤回はしないとなるとその「盾」のあったほうが良いという結論になりました。もしそうだとすると、今の時点ではその盾がどのような存在なのかは良く見えてきてはいません。だから中国からの批判の嵐に晒されていると考えられます。これも思考実験としての思考の一部です。そんな状況の中で解散総選挙という可能性が生まれてきました。
仮にこの選挙で高市人気にあやかって、自民党と与党が大勝した仮定して次を考えてみましょう。となると、その選挙結果を示して、「存立危機事態」という発言は、単に総理大臣が血迷って発言をしたレベルではなく、主権を持つ日本国民の判断なのだ、それが選挙によって承認されたのだと説明・主張する人たちが出てきてもおかしくないことになります。
「盾」という比喩を使えば、日本国民こそが高市総理の盾になることを意味します。さて、そんな説明をまともに中国側にぶつけた結果として、どんな反応が返ってくるのでしょうか。
《国民を盾にしてはいけない》
今のところ中国の攻勢は観光客を減らすにしろ、あるいはレアアースにせよ、経済的な分野で日本に対しての圧力を掛けることが中心になっています。つまり経済の点で日本が困れば高市発言を撤回するだろう、あるいは歴史的認識を改めるかもしれないという因果関係に頼っています。
それが選挙の結果として、全国民が高市発言を支持しているのだということになってしまうと、中国側は単に高市政権という、政治を委ねられている存在にだけではなく、日本国の全国民に対しての攻撃に切り替えるかもしれません。経済的な圧力だけではなく、その他のあらゆる面において日本に対する敵対政策を打ち出してくることになるかもしれません。
それに対して存立危機事態を撤回する必要はないと言っている人たちは当然強く反発するでしょうから、日中関係はますます難しいものになり、先鋭化して、それがやがて軍事力を表に出した対立にまでエスカレートすることも考えておかなくてはなりません。
となると、解散をするかどうかの決定そのものを検討するに当って、対中国関係も関わってくることを視野に入れて慎重の上にも慎重に考える必要のあることを示しています。
さらに解散総選挙になった場合、野党が勝利することが中国との戦争回避のための最低限必要な要件になることを肝に銘じて、野党場選挙に勝つ対策を取らなくてはなりません。高市総理の自己中心的な決定だとか、大義のない酷い解散開だというレベルの甘い認識で事に当ったのでは、気付いた時には遅過ぎたと臍を噛むむことになり兼ねません。野党の奮起を期待しています。
今年一年が皆様にとって良い年になりますよう、お祈り申し上げます。
[2026/1/12 人間イライザ]
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