
オーバーツーリズムの煽りを受け、人気の観光地には夕食難民が溢れている。解決策として宿泊税導入などが検討されるが、その使いみちは「観光振興」など曖昧だ。このままでは継続しない事業を造成している補助金などと同様、無意味なお金になりかねない。
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2024年の訪日外国人は3687万人、観光消費額は8兆1257億円と、ともに過去最高を記録した。この勢いは強いトレンドとなって今後も拡大する見込みで、石破茂総理は2030年までに「訪日外国人旅行者数を6000万人、観光消費額を15兆円」という目標を掲げている。
しかも、これはインバウンドに限った数字であって、日本人の国内旅行を合わせると観光消費額は2024年の時点で33兆2793億円(※観光庁発表「旅行・観光消費動向調査2024年年間値(確報)」より)にものぼる。少子高齢化に喘ぐ我が国にとって、観光産業は他に類を見ない成長産業であり、これからの日本を担う基幹産業となることは論を俟たない。
だが、我が国の観光産業には、一度立ち止まって考えなくてはならない諸問題が山積している。そのひとつが、国のバックアップの在り方だ。
検証なき補助金利用が観光地を壊す
観光事業者に対して、国や自治体が補助金や助成金を出し、活動の資金を拠出すること自体に異論はない。ここで問われるべきは、その制度設計や用途が現実に即しているかどうかにある。
観光庁や文化庁の有識者として、私は公募事業(プロポーザル)の審査、採択に携わり、途方もない数の書類に目を通してきた。公募事業のお題目として掲げられるのは、「インバウンド向け観光コンテンツの造成」だったり、「富裕層旅行客誘致のためのコンテンツ造成」といった旬のテーマであることが多い。
ところが、地域にとって今、これらが最優先で必要なのかと言えば、そうでないのに「補助金が出るから」という理由で観光事業者が手を出す事例をたくさん見てきた。インバウンドや富裕層を取り込む施策はもちろん大切だが、それ以前に地域がウェブサイトやSNSなどの情報発信を怠り、魅力や存在さえ訴求できていないのに、コンテンツ造成に手を付けてしまう。こうして対策を打つべき順番を間違えるとどうなるか。観光コンテンツを作ったところで誰の目にも止まらないし、人は来ない。ただただ「人の来ない、誰も知らない観光コンテンツ」が作られては消えていく。このような事例を、全国各地でいくつも見てきた。
しかも、補助金の使われ方を「振り返り、検証する仕組み」が国も自治体も年度事業制であり、行政側に備わっていないため、継続性のない事業や継続しても意味のないような事業が多々見られるのも問題だ。集客にほとんど結びついていなくても、翌年も同じような取り組みがなされ、同じような顔ぶれの事業者が受注して継続していくケースが往々にしてある。
その土地の魅力をPRしたり、観光地を案内するガイドを育成したり、地域のイベントを支えたり、消費額が上がる取り組みなど、本来、補助金は地域の未来に向けて使われるべきはずだ。その場限りの予算獲得を目論む人たちによって浪費されていては、地域の未来が崩壊してしまうのではないだろうか。
「夕食難民」を放置すれば宿泊客は増えない
また、観光とお金周りのトピックでもう一点言うと、ここにきて宿泊税の導入が盛んに議論されている。オーバーツーリズムによって地域にかかる負荷を軽減する目的で使われるなら、宿泊税にしろ、入山料や草原使用料などにしろ、どんどん取って然るべきというのが私の持論だ。料金徴収というハードルを課すことで、観光客の質を上げる狙いを見込むこともできる。
ここで気になるのが、徴収したお金の用途だ。現状では「観光振興」や「文化財保全」、あるいは「地域の魅力向上」などと謳われているものの、曖昧な表現にとどまっている印象を強く受ける。
これでは、補助金と同様、地域の有力者やインナーサークルでしかお金が回らず、観光地に寄与しないのではないか。宿泊税で得た税収などは、用途をもっと細かく定め、具体性を持たせるべきだと思う。
先日、飛騨高山に訪れた際、あまりの訪日外国人の多さに驚いた。押し寄せる観光客に宿泊施設が足りていないと判断した行政は「5000室ある宿泊施設をもっと増やしていく」と意気軒高だが、現地を歩くと飲食店が見つからずさまよう、いわゆる「夕食難民」で溢れているのが気になった。
これは、「地元の店は予約客でいっぱいだから仕方なくコンビニでごはんを買って済ます」観光客が増えているという状況で、飛騨高山以外にも人気の観光地で顕著に見られるようになってきた現象だ。
せっかくの旅行で来ているのに、その土地のものが味わえずコンビニ飯を食べるとあれば、当然ながら観光体験としての価値は著しく低くなってしまう。それもあってか、飛騨高山では日帰り観光客も増えていると聞いた。果たして、この状況で一番に注力すべきは、宿泊施設を増やすことなのだろうか。
夕食とは旅の重要なファクターである。その提供をなおざりにしたまま宿泊施設を建てたとて、日帰り客が増えるだけである。本末転倒といってもいい状況だ。このアンバランスさをどこかで見極め、宿泊施設の開発を進めるよりも、地域の必要なリソースを見直すべきだと私は思う。具体的には、空き家を飲食店として利用する場合は空き家の活用補助額を引き上げる、圧倒的な人不足対応のためにアルバイトの採用や送迎バスの夜間運行を始めるなどだ。地域が持つリソースと行政が描く青写真が乖離することは往々にしてあるが、行政は実態にあった政策を打っていく必要があると思う。
一般的に、観光消費額は宿泊を伴うと5倍になると試算される。それに、長い時間滞在してもらうことで土地の文化や魅力に触れ、訪れた人にファンになってもらうことが理想だ。目先の数を追うのではなく、観光体験の質を高めることこそ、結果として観光消費額の増加につながるだろうし、その土地が潤うはずだ。
「良質な観光客」をどう集めるか?
その意味で、地域で体験できるアクティビティや体験型コンテンツの拡充は、観光地の魅力を増すよい取り組みになるように思う。たとえば福島県にある「まるせい果樹園」では夜間に果樹園をライトアップし、幻想的な雰囲気の中、採れたての果物を提供するサービスが人気を博している。あるいは、北海道の十勝では1日でもっとも糖度が高くなる早朝にトウモロコシの収穫体験ツアーを開催し、そのままBBQを楽しめたり、サウナに入れるサービスもある。こちらも地場の農家さんが提供しており、新たな収益源になっているのだ。
こうした一次産業と観光の組み合わせもさることながら、日本には文化財もたくさんあるので、寺社仏閣、祭り、伝統工芸などと観光を組み合わせれば、体験価値の高い観光コンテンツを作ることはできる。福岡県の久留米絣の体験プログラムでは、従来のハンカチ作りから、木枠に貼りつけたアート作品作りという思い出深いアウトプットに変更することで、体験額を8倍に引き上げた。
追加の設備や人員をほとんど割かずとも、地域の名産物や文化財を活用して観光客に高い体験価値を与えることに成功している事例はたくさん出てきている。繰り返しになるが、オーバーツーリズムによって地域を壊さないためにも、必要なのは「良質な観光客」であり、数がたくさん来ても消費をしない、あるいは消費できない仕組みになっているのであれば、地域は壊れてしまう。観光公害の被り損になってしまうのだ。
訪日外国人の旅スタイル「FIT」とのミスマッチ
体験型の観光コンテンツの話で言うと、改善すべき点がもう1つある。質の高いプログラムはJTBなどの国内大手旅行ツアーに組み込まれていることが多く、海外からの訪日外国人は申し込む手段がないということだ。
訪日外国人の旅のスタイルはFIT(Foreign Independent Tour)といって、航空券や宿を別々に予約するもの。いわゆるツアー客ではないため、旅行代理店との接点がないのでせっかく良質な体験型コンテンツがあっても、彼らの目に触れないのである。あまりにもったいない話だ。
この問題を解決するには、地域の宿泊施設が体験型コンテンツを直接販売するのがよいと思う。例を挙げると伊勢志摩のアマネムではフラワーアレジメントやSUPヨガ、利き酒体験などを販売し、宿泊客の満足度を高める施策として打ち出している。このような取り組みは日本のホテルや旅館もどんどん始めればよい。観光消費額は上がるし、収入の多角化にもつながるからだ。
観光は地方創生、地域創生を成す1つの手段であって、オーバーツーリズムや行政のミスマッチによって地域を壊すのであれば、本末転倒だ。地域にきちんとお金が落ちないのであれば意味がない。これからの日本には放っておいても人はどんどん来る状況が続くと予測されるため、「地域が壊れることなく稼げるような道」を模索することが何より大切であり、官民を挙げて取り組まなくてはならない命題だと思う。それができて初めて「観光立国」と言えるのではないだろうか。
- ◎永谷亜矢子(ながや・あやこ)
立教大学経営学部客員教授。愛知県生まれ。立教大学卒業後、リクルート、東京ガールズコレクション、吉本興業を経て独立。企業や自治体のマーケティング、施設やイベントなど様々なプロデュース業を担う。2018年より現職。観光庁や文化庁などでアドバイザー業務も担当。著書に、『観光"未"立国~ニッポンの現状~』(扶桑社新書)がある。