スーパーへ買い物に行ったら、小麦粉(特に強力粉)が品薄になっていました。最近は在宅時間が増えたことで、家でパンを焼いたり、ラーメンを作る人が増えているらしいので、その影響なのでしょうか。
そこで今回は、以前に季織亭という店でちょっと前に行われたラーメン教室の内容を、店主にご快諾いただいた上で、余すことなくレポートします!
代々木上原にある季織亭は、閑静な住宅街にある一軒屋。
これが季織亭のラーメンだ
季織亭はラーメンのことを「小麦そば」と呼び、懐石料理風のコースで提供しているお店です。素材をとことん厳選して、そのポテンシャルを最大限に引き出しつつ、食材の組み合わせや味の意外性で楽しませてくれる独自のスタイル。
詳しくはこちらの記事をどうぞ。
ちなみに私が昨年行ったときには、こちらの麺料理が順番に出てきました。前菜、麺3種、ご飯、デザートという、他の店ではありえない組み立てのコースです。
水で締めた全粒粉入りの麺が香る、合鴨農法の鴨つけ麺。ラーメンではなく「小麦そば」と名乗る理由がわかる味。
あえて塩分をほとんど加えていない、クルミの汁無し担々麺。塩気がなくても成立している不思議な味。
一見普通のラーメンだけど、素材にこだわるとこうなるのかと膝を叩きたくなる醤油味の温かい小麦そば。肉の脂がうまい。
どれも一口食べるごとに、素材の良さがストレートに伝わってきます。
季織亭でラーメン作りの基本を教えてもらっても、この店と同じ味は絶対に作れません。それでも巨大な寸胴で大量の豚骨を何時間も煮込んだりするタイプのラーメンよりは、家庭で参考にしやすい作り方だと思います。
まずは「小麦そば」の生地を作る
最初に季織亭の看板ともいえる手打ち麺の作り方を教わりました。「麺からは無理!」という読者の声が聞こえてきそうですが、もちろんお好きな麺を買ってきていただきて大丈夫です。
自分で作らないまでも、季織亭の麺はこうやって作っているのかと、なんとなく理解していただければ十分です。でも気が向いたら挑戦してみるとおもしろいですよ。
ご主人の川名秀則さん。
使用する小麦粉は、秋田県産の春息吹という希少な品種です。今回は普通に製粉したものと、全粒粉を2割ほど混ぜたものの2種類を仕込みました。家庭でやる場合は、準強力粉か強力粉でどうぞ。スーパーで売られているパン用小麦粉とかで大丈夫です。
加水率(粉に対する水の割合)はその日の天気と作りたい生地の柔らかさに合わせて、38~43%で調整します。粉100グラムに対して水が38~43グラムということです。暑い日は水を少なく、寒い日は多くします。
手打ちうどんの場合は、中力粉を使って加水率45%~50%程度にするので、それに比べると小麦粉のタンパク質が多くて水分の少ない、ちょっと硬めの生地になります。
なかなか手に入らない秋田県大潟村産の春息吹。この時点で自宅で同じ味は作れないが、ラーメン作りの技術と思考は学ぶことができるはず。
全粒粉とは思えない白さと細かさの石臼挽き小麦粉。普通の全粒粉は2割も入れるとかなり苦くなるが、これは5割入れても香ばしいだけで苦くはならない。
水には天然重曹(炭酸水素ナトリウム)と、にがり成分の多い沖縄宮城島の海塩「ぬちまーす」を、水1リットルに対して10グラムずつ溶かしておきます。
小麦粉に加えて中華麺独特のコシと色を与える「かんすい(アルカリ性の食品添加物)」は、炭酸カリウムや炭酸ナトリウムがよく使われますが、いろいろ試した結果、この天然重曹に落ち着いたそうです。
重曹はアルカリ性が比較的弱いため、いわゆる中華麺っぽさ(っていう表現で伝わりますか)が抑えめに仕上がり、店主が理想とする麺に合うのだと思います。また重曹を使用する量も、一般的な中華麺に比べるとかなり少なめです。
重曹は山菜のあく抜きなどにも利用される食品添加物。
重曹と塩を溶かした水をまず6割ほど加えて、ダマにならないように小麦粉をほぐしながらかき混ぜていきます。そして生地の様子を見ながら、水分の少ないところに水を足していきます。
この時点では、まだ力を入れて捏ねません。あくまで水分を全体に行きわたらせる段階です。15分くらい続けて(かなり疲れますが)、フワッフワのおからみたいな状態を目指します。この作業を「水回し」といって、ここで手を抜くとおいしい麺になりません。
ダマができないように崩しながら水を含ませていく。
時には手のひらで優しくすり合わせて。
時には下から大きく持ち上げて。
粘土のように捏ねず、おからの状態を目指す。
15分ほど混ぜ続けると、グルテンが生成されて弾力が生まれ、このようにビニョーンと伸びるようになる。
この生地を30分ほど寝かせたら、ビニールシートの上からボウルごと踏んで伸ばし固め、折りたたんでまとめて、また踏んで伸ばします。
この生地を袋に入れて少し休ませたら、今度はボウルではなく床の上で、踏んで伸ばしてまとめる作業を3回以上リピートしましょう。生地が硬くなってきたら休ませつつ、滑らかでもっちりした生地に仕上げます。
何回踏まなければダメというものではないので、生地との会話を楽しみながら、優しく好みの状態まで鍛え上げてください。
水回しが終わったら、乾かないようにシートを掛けて休ませる。
水分が少なく固い生地なので、全体重をかけてまとめる。
押しつぶした生地を左右から折り返す。
それをクルクルっと丸める。
ふみふみ。
くるくる。
だいぶ生地が滑らかになってきたけれど、理想はまだまだ先にある。
ビニール袋に入れて少し休ませる。
床の上で踏んで伸ばす。踵をうまく使うのがポイント。
生地の状態がだいぶ変わったのがわかるだろうか。
踏んで伸ばしてまとめる作業を何度か繰り返せば、もっちりとした生地の出来上がり。
こちらは全粒粉入りの生地。2種類を交互に踏むと、生地を休ませる時間が無駄にならないし、食べ比べができて楽しい。
家庭用製麺機で麺を仕上げる
うどんやそばであれば、ここから麺棒で伸ばしていくのですが、ラーメン用の生地は水分が少なくかなり固いので、家庭用製麺機というちょっと特殊な道具で麺にしていきます。
今回は家庭用製麺機という若干マニアックなものを使っていますが、手に入りやすいパスタマシンでも大丈夫です(すごく水分が少ない強烈に硬い生地だと壊れる可能性もありますが)。季織亭でも、普段は製麺機とパスタマシンを併用しています。
パスタマシンの使い方は、こちらを参考にしてください。
今回は料理教室(私以外に2人の生徒がいる)ということで、生地を1人前分ずつ(140g程度)に切り分けて、それを製麺機で伸ばして麺にしました。
群馬や山梨などでうどんを作るのに使われていた小野式製麺機。これは約30年前に生産されたもの。
生地を作りやすい量に切り分ける。
製麺機のローラーに入る幅まで伸ばす。
最大まで隙間を広げたローラーで生地を伸ばす。
生地を二つ折りにして、またローラーに通す。これを何度か繰り返して、生地をムラなく圧延していく。
ローラーの隙間を少しずつ狭くして、生地を薄く伸ばしていく。
好みの厚さまで伸ばしたら、シュレッダーのように麺を切る。
打ち粉(コーンスターチ)をまぶしたら、麺の出来上がり。
これでようやく麺のできあがりです。すぐ食べてもいいですが、冷蔵庫で数日寝かすと、またちょっと印象の違う食感になります。
せっかくならちょっと多めに作って、何日かに分けて食べて、麺の熟成を楽しみましょう。
スープとタレとチャーシューの作り方、全部公開!
ラーメンは味をつけずにスープを作り、仕上げの段階にスープとタレを合わることが多いのですが、このシステムによって、一つのスープでも加えるタレを変えることで、醤油ラーメンや塩ラーメンが作れるようになります。
今回は鶏と魚介のダブルスープ、そして醤油と塩の2種類のタレを用意していただき、各自が好きな調合で味を決めるという、ワークショップ型の仕上げを行いました。
左から魚介スープ、醤油ダレ、塩ダレ、鶏スープ。
これはスープ2種×タレ2種という単純な4通りの組み合わせではなく、スープは鶏7:魚介3、タレは醤油8:塩2といった具合に、無限のブレンドが試せるということです。自分で作るからこその楽しみですね。
自分で好きにブレンドできるのが、自家製ラーメンの楽しいところ。
メインとなる鶏スープの基本的な作り方は、水3リットルに鶏ガラ2キロ、長ネギの青い部分3本、生姜20グラム、ニンニク1個を入れて、アクをとりながら、沸騰させない程度の弱火で3時間煮込みます。
沸騰させずに澄んだ鶏スープを作る。
もう一つの魚介スープは、水1リットルに昆布20グラム、煮干し50グラムを30分入れてから、弱火で1時間半煮込んだもの。
小さな煮干しの場合、頭や内臓をとらない。この時点ですごくうまい。
醤油ダレは、醤油500ccに鰹節の厚削り50gと昆布30gを一晩漬け、火入れして冷ましたものです。季織亭では2種類の醤油をブレンドして使用しているのですが、味見させてもらったところ、同じメーカーなのに全く風味が違っていました。
3年間寝かしたもろみを使うという木桶魂は、長期発酵による糠床のような芳醇な香りに驚いた。
そして塩ダレの材料は、塩(ぬちまーす)、昆布、味醂、白醤油、干し海老、干し椎茸、水。こちらの配合はお好みでどうぞ。ラーメンを作る前に味を確認させてもらったのですが、多重構造の旨味がすごかったです。
塩ダレの隠し味として、透明な白醤油を使っている。
メインの具はもちろんチャーシュー。放牧で育てられた健康な豚のバラ肉(300〜400グラム)をタコ糸で巻き、フライパンで焼いて全体に焼き目をつけてから、220度に温めたオーブンに20分間入れます。
それを圧力鍋で、醤油200cc、みりん50cc、酒50cc、水300ccと柔らかくなるまで煮るという三段加熱製法。上質の素材に手間暇を加えることで、香ばしさとジューシーさ、柔らかさと適度な弾力を兼ね備えた、夢のようなチャーシューが実現します。
最初にフライパンで焼き目をつける。写真を眺めていたら、たまらなくお腹が減ってきた。
どうですか、このチャーシューの仕上がりっぷり。
チャーシューの煮汁は継ぎ足して使用。冷え固まったラードは、ラーメンの味付け用に取っておく。
お好みのラーメンに仕上げよう
さあさあさあ、最大限にお腹が空いてきたところで、ようやく最後の仕上げです。まずは店主である川名さんによるお手本から。
小鍋にスープとタレをブレンドして沸かしておき、先ほど打った麺をたっぷりのお湯で茹でます。
ラーメンの味は、この仕上げでかなり左右される。麺の茹で具合とスープの塩分濃度が難しい。
しっかりと沸騰したたっぷりのお湯で麺を茹でる。
ラーメンのトッピングは、チャーシュー、メンマ、ホウレンソウ、紫タマネギ、ネギ。そして香味油(ネギ、ショウガ、ニンニクを焦げないように揚げた菜種油)、チャーシューのラードという2種類の油も用意されています。
どれを使うかはすべて自由。これらの選択肢をどう使いこなすか、料理人としてのセンスが問われるところです。
完成形をしっかりイメージしておかないと、麺がすぐに伸びてしまう。
見事な手さばきで川名さんが完成させたのは、キリっとした輪郭の醤油ラーメン。見ただけでわかる、絶対うまいやつですね。
ちょっと試食させてもらったところ、オーソドックな見た目ながら、まず麺がうまい。そしてスープがうまい。さらに具もうまい。全部うまい。
作り方や材料を把握した上で食べると、その味をスッと脳で理解できるため、詳しい人の解説を聞きながら観るスポーツのような納得感があります。なるほど、あれがああなってこうしたからこうなったのかと。要するにすごくうまい!
これが家で作れたら楽しいだろうなー。
この川名さんが仕上げたラーメンをお腹いっぱい食べたいところですが、今日はあくまでラーメン教室。自分で食べる分は、自分で仕上げなければいけません。
スープは鶏ガラ6:4、タレは醤油5:塩5、ラードは使わずに香味油で上品に仕上げてみましょうか。この手際で麺とスープが生きるかどうかが決まるので、かなり緊張してきました。
麺の茹で加減が難しい!
できました!写真を撮ってないで早く食べないと!
盛り付けでバタバタしてしまい、ちょっと冷めてしまいましたが、イメージに近い味ができたと思います。赤タマネギの盛り方が中途半端だけど。
ただ私の悪い癖で、微妙に塩分が足りないかもしれません。スープ単体で確認した味と、麺と合わせて食べたときで、印象がかなり違うんですよね。
やっぱり麺がうまい。みんなも製麺するといいと思います。
こちらは別の方が作った全粒粉の塩ラーメン。シンプルイズベスト!
茹でた麺を水で締めて、つけ麺も作ってみた。やっぱり麺がうまいなー。
麺作りの部分はともかく(記事の半分以上がそれですが)、ラーメン作りのプロセス自体はものすごく複雑というものではなく、やろうと思えば家庭でもできるし、丁寧に作ればちゃんと美味しいし、それでいて上をみたらキリがない奥深さのある感じが伝わったでしょうか。
ここまで書いておいて今更ですが、私は家庭用製麺機を使った麺作りは結構やっていて、手の込んだラーメンもそれなりに作るのですが、やっぱりこうしてプロから丁寧に教えてもらう体験は、すべてが勉強になりました。
生地作りでついつい雑にやっていた部分がよくわかったし、煮干しと昆布のスープはすぐにでも真似したいし、タレや具にも知らなかった発見がたくさん。一から教わる初心、大事ですね。
個人的には麺作りに魅力を感じているのですが、この楽しさが特別な道具を使わないと伝えられないというのはもったいないので、製麺機もパスタマシンも使わずに中華麺を作る方法を、そのうち書きたいと思います。
紹介したお店
※季織亭では、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、現在は通常営業を休止して日替わり弁当の販売をしております。お近くの方は是非ご利用ください。
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