
(写真左から)wisdom事務局の菊地萌々花さん、松村達也さん、森藤三武朗さん、趙娜さん
オウンドメディアの運用を始めても「成果が出ているか分からない」「安定的にコンテンツを出せない」といった理由で運用から半年〜1年程度で運用を停止・終了してしまうケースも少なくありません。更新しなくなったメディアの約9割は2年以内でその判断をしている一方で、2年を越えるとその比率はぐっと下がります*1。
オウンドメディアは適切な運用を行うことでリード獲得やエンゲージメントの強化、採用などさまざまなメリットが期待できる一方で、一定の成果が出るようになるには中長期的な運用が必要*2とされています。
ここで重要なのは、オウンドメディアを単なる情報発信の場ではなく「オウンドメディアでどう事業に貢献するか」を踏まえた戦略設計・運用ができているか。ここが考えられていると、社内でもオウンドメディアの価値や存在意義に対する共通認識が生まれ、持続的なメディア運用にもつながるはずです。
そこではてなビジネスブログでは、継続的な企業オウンドメディアの運用を続けている担当者に聞くシリーズコンテンツ「持続可能なオウンドメディア運営のヒント」を始めます。
初回は、約20年の歴史を誇るNEC(日本電気株式会社)のオウンドメディア「wisdom」の運用に携わる森藤三武朗(もりとう さぶろう)さん、趙娜(ちょう な)さん、松村達也(まつむら たつや)さん、菊地萌々花(きくち ももか)さんにお話を伺いました。
「wisdom」を活用しNECのビジネスを加速させる
ーー 約20年の歴史を持つオウンドメディア「wisdom」ですが、現在は本日取材に参加いただいた皆様が中心になり運用されているそうですね。
森藤三武朗(以下:森藤) そうなんです。実は今の体制になってからまだ数年しか経っていなくて。私と松村、趙はそれぞれ2020〜2022年頃くらいから他の業務と兼務しながらwisdomに携わっていましたが、昨年頃からほぼ専任になりました。2024年の春からは菊地も加わり、この4名が「wisdom事務局」のメンバーとして日々の運用を行っています。
それと、今の体制になる前に長くwisdomの編集長として活躍していたメンバーが、現在は所属グループの上司としてアドバイザー的なポジションで関わっています。
松村達也(以下:松村) 今は森藤が基本的にwisdomの戦略や全体の方向性の旗振り役と言いますか、プロデューサーのような役割を担ってくれていますね。社内外の関係者と連携することも多いので、そういった社内外の調整なども彼が窓口となっています。私は運営面でのディレクターの役割やSEO、分析関連などのタスクをメインで担当しています。


森藤三武朗さん、松村達也さん
ーー 趙さん、菊地さんはいかがでしょうか?
趙娜(以下:趙) 一言であらわすと「コンテンツディレクター」でしょうか。連載記事や特集コンテンツなど、コンテンツ全体の方向性をどうするか、といった部分を中心に動いています。もちろん私一人で全てのコンテンツは作れないので、連載記事のディレクションを事務局メンバーそれぞれで担当したり、社内外の関係者、制作パートナーと連携したりしています。
菊地萌々花(以下:菊地) 私はwisdom事務局のメンバーとしてジョインしてからまだ日が浅いこともあり、サイトトップページの更新など、日々の運用サポートを行いながらwisdomの理解を深めているところです。ほか、NECが提供する会員サービス「My NEC」登録者に向けたwisdomを紹介するメールマガジン配信を一部担当しています。


趙娜さん、菊地萌々花さん
ーー 「wisdom」は開設当初「NECの情報を一切載せない」形で運用されていたと伺っています。設立当初の背景や目的としては、どういったものがありましたか?
森藤 2004年の開設当初は、まだNECと接点を持たないユーザーとつながれる場を持ちたい、というのがありました。また、「NECのメディア」という先入観を持たれないよう、あえてNECの情報は一切載せず、ビジネスパーソンにとって役立つビジネス情報サイトとして運用を開始したと聞いています。
その後、NECは2015年の中期経営計画で「社会価値創造型企業への変革を目指す」という宣言をし、それに沿う形で2016年に大きくリニューアルを行いました。
ターゲットも「新しい仕組みや価値を作り、未来をよくするために、既存の業態やビジネスのやり方を変えていく国内外のビジネスリーダー」と定め、NECの取り組み紹介やNECが提供する領域にフィットするトレンド情報、社会価値創造につながるものや社会課題解決のヒントとなるようなコンテンツを定期的に紹介するようになりました。現在のコンテンツ方針も大きくはこの流れに沿っていますね。

「wisdom」では国内外の最新ビジネス情報や技術トレンド、各業界先進DX事例ほか、同社のソリューション情報や取り組み事例、イベントレポートなどを紹介している
ーーNECの事例などを紹介するようになった背景として、どんな狙いがあったのでしょうか。
森藤 リニューアルのタイミングで、wisdomは「お客様とのエンゲージメント強化を担う、デジタルマーケティング基盤」という位置づけで運営していくようになったという点が挙げられます。
現在もwisdomをベースに、セミナーやワークショップの開催、SEOや広告、メルマガ、SNSなども活用しユーザーとのタッチポイントを増やしてリード獲得につなげたり、エンゲージメントを強化したりする取り組みを行っています。

営業活動につなげ、商談化の確率を高めていくことを考えると、wisdom上でもNECの取り組みや事業領域に関心を持ってもらう必要があります。そうした点からNECに関連するコンテンツを出していくこととなりました。
ーー現在KGI/KPIは何を設定されているのでしょうか?
松村 いくつか見ている指標はありますが、KPIの一つとしてUU(ユニークユーザー)数と合わせ回遊率、再訪率などは注力して見るようにしています。
UUも単なるUUだけではなく、回遊率や読了数の高いユーザーをエンゲージメントユーザーと定義し、そうしたエンゲージメントが高い読者にどれくらいリーチできるかも今年度チャレンジしています。
wisdom「らしさ」を浸透させるための工夫
ーー wisdomに掲載するコンテンツはどのように企画・制作されているのでしょうか?
趙 現在、wisdomでは大きく分けて2種類のコンテンツを掲載しています。
1つ目は連載系や特集系の記事で、グローバルトレンドや技術の進化がもたらす新たな価値などに焦点を当てた内容になっています。当社のソリューションや製品について直接言及することは少なく、より広範なテーマを扱っています。
ーー こうした記事は、集客を狙って作られているのでしょうか。
趙 そうですね。NEC色はあまり前面に出ませんが、
- ターゲットの興味関心に沿ったコンテンツを制作することで接触機会を広げる
- サイト内回遊を促進させ、NECの取り組みに関連したコンテンツにたどり着いてもらう
といった、集客+中長期視点での事業貢献につながる興味喚起を狙って制作しています。連載形式は再訪のきっかけにもなると考えています。
これらのコンテンツは基本的にwisdom事務局がディレクションを担当し、外部有識者を起用したり、一部外部のパートナーにも協力してもらいながら制作しています。検索流入を意識したSEOコンテンツもここに入りますね。

連載「次世代中国」はSNSでも反響が大きいコンテンツなのだそう
趙 2つ目はNECの取り組みに関連した記事です。NECでは製品・ソリューションや会社情報などを掲載しているコーポレートサイトもありますが、wisdomで掲載する記事は「製品やソリューションが提供する価値」にフォーカスした内容であることを重視しています。最近ですとDXビジネスの新ブランド「BluStellar(ブルーステラ)」が注力領域のため、その周辺の企画は増やしたいというのはありますね。
NECの取り組み紹介に関するコンテンツは、各部署にいるテーマ別のプロモーション担当者(例:AIや生体認証)や掲載希望の事業部が企画制作を担当し、wisdom事務局が全体の管理を行う、といった形で役割分担をしています。
掲載するコンテンツの質を保つため、提案にあたっては「企画シート」を活用しています。テーマ担当者が記事を作成する際、事前に記事の目的やターゲット読者、記事を通じて応えたいターゲット読者のニーズといった内容を企画シートの項目に沿って記入してもらい、事務局がその内容を精査します。
記事の方向性が適切かを判断し、例えばソリューションの詳細ばかりに偏った内容であれば、wisdomではなくコーポレートサイトでの掲載を提案することもあります。最終的には、ソリューションの価値がしっかり伝わる企画かどうかを基準に掲載の可否を決定しています。
ーー共通のフォーマットがあると「おさえておきたいポイントがおさえられているか」の判断もしやすくなりそうです。ただ、オウンドメディアの運営が長期化する中で、目的やコンテンツの方向性がブレてしまうことも少なくないように思います。wisdomではその運用目的や「wisdomらしさ」を保つためにどのような工夫をされていますか?
森藤 前提として、メディアの根本的な理念や目的を関係者全員で共有できるような工夫が大切だと考えています。一例ではありますが、wisdomではメディアの基本的な考え方や編集方針の検討ポイント、制作時に気をつけるべき内容などをまとめた「wisdom記事制作の手引き」というものを用意しています。
また、定期的にwisdom関係者での編集会議を実施し、メディアの方向性や進行中のプロジェクトについて意見交換を行うようにすることで、全員が「wisdomらしさ」を意識しつつ、各自の役割において一貫性を持ったアウトプットができるようにしています。
松村 あとは、SNSなどの反響やwisdom主催のセミナー等で実施するアンケート結果を積極的に取り入れることで、「ユーザーが本当に求めている情報」を常に確認し、コンテンツの方向性を微調整しています。これによって「方向性のズレ」を防ぎつつ、長期にわたって一貫した価値を提供し続けることができているのではないかなと思います。そして今はサイトから取れるデータも組み合わせて、本当に求めている情報を把握できる分析ができないか、同じグループ内のメンバーと検討を進めているところです。
趙 コンテンツの企画を外部の制作会社から提案いただくこともありますが、細かい点はしっかりすり合わせますね。基本的には企画自体は社内で詰めて、執筆などの実制作部分を外部パートナーに協力いただいているような体制で進めています。月の更新数としてはトータル10本程度となっています。注力領域の動きが活発なときなどは必然的に本数が増える傾向にありますね。
事業貢献を意識し運営していくことが、継続にもつながる
ーー オウンドメディア運用でよく聞く悩みとして、せっかくコンテンツを掲載してもなかなか読まれないという点が挙げられます。wisdomでは集客施策としてどういったことをされていますか?
松村 wisdomは現在平均して月間PV数20万、UU数10万前後ですが、直近では自然検索からの流入を増やす取り組みに注力しています。中でも「キーワードコンテンツ」という位置づけで、検索からの流入を期待したSEOコンテンツを定期的に掲載しています。
基本的にはNECの事業に関連する領域や、ターゲットが気になっているであろうビジネストレンドに紐づいたキーワードをテーマにした内容にしています。例えば「データドリブン経営とは?」のように、事業テーマに沿ったコンテンツであるかどうかは注意しています。
関係のないキーワードで集めたユーザーは、将来的にわれわれの事業に興味を持ってもらえるか? と問われると、そうならないケースが多いのではと考えています。そのため、ターゲットや事業テーマと距離があるキーワードのコンテンツは極力つくらないようにしています。
趙 コンテンツの内容によっては、ディスプレイ広告やリスティング広告などの配信を行っています。SNS運用に関しては、会社の公式アカウントからwisdomの記事をシェアするくらいになってしまっています。ここは課題でもありますね。
森藤 メールマガジン配信もコンテンツを読んでもらうための一つのチャネルになっていますね。最近は菊地がメルマガの配信を色々工夫してくれています。
菊地 NECの会員サービス「My NEC」に登録している方向けに配信するメルマガはwisdom事務局からだけでなく、物作り・製造業向けのメルマガや自治体向けのメルマガなど複数の部門がそれぞれ配信していて、配信結果はダッシュボードのような形で横断して見れるようになっています。
元々wisdomのメルマガの開封・クリック率は他部門と比較してもそこまで悪くなかったのですが、昨年度までは記事タイトルをそのままメルマガタイトルに使っていたそうです。そのため、今年度からインパクトのあるタイトルを意識的に作成して配信してみたところ、開封率の上昇が見られました。メルマガは流入だけでなくエンゲージメント強化にもつながるチャネルなので、引き続き改善を進められればと思います。
森藤 wisdomが主催するセミナーやワークショップといった定期的なイベントの開催も、wisdomの存在を知ってもらう場として機能しています。特にレゴ®ブロックを使ったワークショップは数年にわたり定期的に開催していますが、wisdomで狙うターゲット層が集まりやすいと感じています。
またイベントの内容は、後日wisdomでイベントレポートとして公開しています。こうしたイベントは既存顧客とのリレーション強化にも活用できるのが魅力です。アンケートも合わせて行うので、そこでwisdomのことをどのくらい知っているのか把握したり、ニーズのあるテーマをリサーチすることができます。
ーー 全てをオウンドメディア上で完結させようとしない、というのは重要なポイントかもしれません。ここまでのお話を伺っていても、かなり綿密にwisdomの運営をされていると思うのですが、現状の課題として感じていることはありますか。
森藤 数年前から「オウンドメディアの存在意義をどう示すか?」という課題感は持っていますね。存在意義を示す先としては、社内外問わず、です。
ーー オウンドメディア運用において、あるあるの課題だと思います。取り組みがどう事業に貢献しているのか? を可視化するのが難しく、その結果、手応えを感じる前に運用ストップの声がかかってしまう……という話はよく聞きます。
森藤 ターゲット層への働きかけ、という面で考えると、今ではオウンドメディアは多くの企業にとって重要なマーケティングツールとなっていると思います。そのため、wisdomとしても他のメディアと同じようなコンテンツを配信しているだけでは、差別化が難しいと感じています。これまでもそうでしたが、よりwisdomだからこそ発信できる、ターゲット層が満足するようなコンテンツの必要性を感じています。
ただ、ある程度の集客はもちろん必要ですが、集まったユーザーがターゲットと大きくずれるのであれば、それは事業貢献として本当に意味がある数値なのか? という問いもあると思います。一つ取り組んでいることとしては、先ほども触れた定期的なイベントやウェビナーの実施ですね。ターゲットが関心を持つであろうテーマで開催し、実際に訪れた参加者が、想定していたターゲット層と合っているのか確認するようにしています。
あとは、営業先としてアプローチしたい業種や領域のお客様がどのくらいwisdomに訪問しているのか、といったデータを積極的に社内共有するようにしています。このような活動を通じて、顧客情報の収集と活用に貢献していきたいと考えています。
また、wisdomで取得したデータ活用の幅を広げ、ターゲット顧客のインサイトを発掘し、そのデータを広く社内関係者へフィードバックすることで営業活動に活かしてもらう、といったMOps(マーケティングオペレーション)としての動きをしていきたいと考えていて。データドリブンな取り組みについてはこれからより強化していきたく、ここはまさに今整備しているところではあります。
ーー 運用から20年が経つ今でも、新しいチャレンジを積極的に行っているんですね。
森藤 そうですね。最近では「BluStellar Communities」というNECが運営するコミュニティとも連携し、デジタル上のつながりからコミュニティというリアルな場でのお客様とのつながりをつくっていくことも積極的に活動しています。また、「NEC Future Creation Hub」という本社ビル1階にある共創空間との連携も検討していて、さまざまな事業領域との相乗効果を生み出そうとしています。お客様とNECとの様々な接点を有機的に連動させ、お客様にとってより満足いただけるコンテンツをwisdomを通して発信していきたいですね。
他のオウンドメディア運営者さまも同じような悩みを持つと思いますが、オウンドメディアの活動は直接的な成果を出すのが難しい場面が多いのが現状です。
しかし、その時々に求められる役割をチューニングし、フェーズに応じた施策や運営方針を定め実行していくことで、オウンドメディア運用の重要性・必要性を感じてもらうことはできると思います。今後も様々な取り組みを進めるとともに、活動の成果をきちんと社内にも共有し、wisdomの存在感を示していきたいと思います。
理想としては、社内の各部署がデジタル領域の施策を検討したときに「wisdomメンバーに相談してみよう」という流れが自然と生まれるような形にしたいですね。
撮影:関口佳代
※記事中の情報は取材時点(2024年11月5日)のものになります
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「オウンドメディアの目的と役割」を常に意識して運用を続けるのは非常に重要ですが、実は見落としがちになってしまう点でもあります。オウンドメディアが果たす役割を常に考えながら「デジタルマーケティング基盤としてのwisdom」という意識を常に担当者全員が持っているからこそ、現在までの継続につながっていることがうかがえました。
また、オウンドメディア運用では、社内の別部門との連携が必要になってくることもしばしばあります。そうしたときにコンテンツの品質を保つための企画シートや記事制作の手引きなどの整備は、多くのオウンドメディアでも参考となりそうです。
オウンドメディアの作り方ハンドブック
「はてなビジネスブログ」を運営する株式会社はてなでは、企業のオウンドメディア支援を行っています。「オウンドメディアの作り方ハンドブック」では、オウンドメディアの立ち上げや見直しに役立つハンドブックをダウンロードいただけます。計画から実際の運用まで、各フェーズごとに必要になるタスクを網羅的にまとめており、新規立ち上げだけでなく既存メディアの運用見直しにもご活用いただけます。
*1:参照:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000388.000006978.html
*2:Content Marketing Instituteの創始者、Joe Pulizzi氏は成果を実感できる目安として18ヶ月以上、さらにグロースさせるには24ヶ月以上の継続的な運用を推奨している(参照:https://contentmarketinginstitute.com/articles/success-long-term-content-model/ )