港で自殺した親友は実は殺されたのではないか。船員の杉はついに真相を突き止める。
21歳で事故死した伝説のスター・赤木圭一郎が主人公を演じたアクション&ミステリー。
製作:1960年
製作国:日本
日本公開:1960年
監督:山崎徳次郎
出演:赤木圭一郎、芦川いづみ、葉山良二、西村晃、吉永小百合、他
レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)
◆◆ この映画の猫 ◆◆
役:☆(ほんのチョイ役)
親友が抱いている猫
名前:不明
色柄:黒
◆動の中の静
「トニー」「和製ジェームズ・ディーン」と呼ばれた赤木圭一郎をご存知ですか。わたくし猫美人が物心ついた頃には故人でしたが、時折少女雑誌にその悲劇の死のエピソードや写真が載ったりしたので、かなり幼い頃からその名は頭にインプットされていました。写真が出ていたと言っても、私が子どもの頃の少年少女雑誌は、ザラ紙のような紙に青や紫のインクの粗い印刷といった質の良くないもので、人物写真は不鮮明、姿そのものは記憶にありませんでした。後年、彼の姿をビデオなどで見て、こんなにカッコいい人だったんだ、と、その早すぎる死を惜しむことになったわけです。
Wikipediaによれば、赤木圭一郎は『霧笛が俺を呼んでいる』の公開から約7ケ月後の1961年2月、撮影所にゴーカートのセールスマンが来て、試乗した際に運転を誤り鉄扉に激突、1週間後に亡くなってしまったそうです。彼は乗り物が好きだったそうで、『霧笛が俺を呼んでいる』でもスポーツカーやモーターボートを巧みに乗りこなすシーンが見られます。
愛称の「トニー」は、俳優のトニー・カーティスに似ているところからつけられたと言いますが、「和製ジェームズ・ディーン」とはいつ頃から言われるようになったのか。ジェームズ・ディーンも1955年に自動車事故で24歳で亡くなっているということを考えると、皮肉な巡りあわせです。
この映画の中で、赤木圭一郎がスーツを着てズボンのポケットに手を突っ込んでいる、その立ち姿の描き出すカーブがなんとも美しくしびれます。アクションスターの彼ですが、こんな姿には孤独と「静」のオーラが漂っています。
◆あらすじ
すずらん丸の二等航海士・杉(赤木圭一郎)は、横浜港で船の故障のため足止めを食った。港近くに住む船員学校での親友の浜崎(葉山良二)に久しぶりに会いに行くと、浜崎は半年ほど前に自殺したという。
浜崎の遺体が上がった防波堤を訪ねると、前の晩宿泊先のホテルで見かけた女(芦川いづみ)がやって来る。女は浜崎の恋人で美也子と名乗った。美也子の話では、浜崎は故郷から妹のゆき子(吉永小百合)を連れてきて、この近くの病院で脚の手術を受けさせたという。
杉がゆき子を見舞うと、もうすぐゆき子が立てるようになると大喜びしていた兄が、それを待たずに自殺するはずがない、殺されたのではないかとゆき子は言う。
病院を出たところで杉は二人組の刑事に呼び止められ、森本という刑事(西村晃)から浜崎は麻薬の大口の売人だったと聞かされる。その直後、浜崎の死について何か知っていそうだったバーの女サリーが殺される。
サリーの友だちから話を聞いた杉は、浜崎の遺体は警察のガサ入れが近いことを察知して浜崎が死んだと偽装するために殺された別人であり、浜崎は生きていると確信する。浜崎と麻薬の取引をしていた売人仲間にそれを突き付け、ついに杉は浜崎と隠れ家で再会する。浜崎は杉に大金を示して、自分の仲間になるか、この事件から手を引くかと迫る。杉は人が変わってしまった浜崎を見捨てるように去る。
杉は浜崎を警察から逃がすつもりだったが、浜崎が生きていることを知った美也子も妹のゆき子も、自首することを望んでいた。警察の手が伸びるのを予測した浜崎は、隠れ家を出て杉の宿泊先に現れ、美也子を日比谷のホテルに呼んでくれと伝言する。麻薬の売人仲間は浜崎が捕まれば自分たちも危ないと、浜崎の後を追う。森本刑事は浜崎の居所を知らせてくれと杉に訴える。
浜崎が美也子を呼び出したホテルの部屋には、美也子と杉が待っていた。二人は浜崎に自首を促すが・・・。

◆悪人と猫
葉山良二演じる浜崎は、しゃれた洋館の中で潜伏生活を送っています。杉が訪れた日のファッションは、紫のシャツに白いズボンとかなりキザ。杉が部屋に入ると、後ろ向きに椅子に座っている浜崎の膝に黒猫がいます。
『007シリーズ』のブロフェルドや『ゴッドファーザー』(1972年/監督:フランシス・フォード・コッポラ)のドン・コルレオーネなど、世界征服を狙ったり、血で血を洗う抗争に明け暮れたりの悪の首領にとって、猫はこの上ない癒しの存在(中には『燃えよドラゴン』(1973年/ロバート・クローズ)の首領のように猫をギロチンにかけようとする輩もいるにはいますが)。
ドン・コルレオーネを演じたマーロン・ブランドは、長い猫歴をうかがわせる巧みな手つきで猫をなでますが、葉山良二はなんだかおそるおそる黒猫をなでています。嫌いなのか猫を抱くのが初めてなのか、猫に癒しを求めるどころか緊張が背中越しにひしひしと伝わって来ます。猫はすぐ手からおろされ、見えなくなってしまいますが、猫好きな俳優だったら抱いたまま杉と話しただろうなあ、冷血な浜崎と罪のない猫、その方が絵としてより浜崎の邪悪さが引き立っただろうに、と少々残念です。
黒猫はその後、洋館内の赤い敷物が敷かれた白い階段の途中で所在なげにしているところが映ります。黒、赤、白のコントラストが美しいですが、せっかくだからもっと注目される場を設けてほしかったですね。
猫が浜崎に抱かれて登場するのは開始から41分40秒頃、階段の途中にいるおまけのような映像は46分30秒頃です。
◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆霧の波止場
赤木圭一郎のカッコよさから話を始めてしまいましたが、歌はそんなにうまくなかったよう。昭和ムード歌謡風のこの映画の主題歌は赤木圭一郎自身が歌っていて、映画が始まると同時に流れ出しますが・・・のど自慢だったらカネ二つくらい? 彼が所属していた日活のこの頃のスターと言えば石原裕次郎に小林旭。映画とタイアップしたレコードをバンバン出していたので、演技+歌が会社の売り出し方針だったのでしょうね。
日活の話が出たので、脱線しますが少しお話しすると、映画について調べるときに日活作品はたいへん助かるのです。日活データベースには、映画の作品ごとの端役の名前やロケ地など知りたいことが詳しく載っているからです。日活には横浜港周辺を舞台にしたアクション映画も多く、ハマッ子だった私は懐かしさに浸ることも多いのですが、『霧笛が俺を呼んでいる』の杉の宿泊先で、実名で登場するバンドホテルが、今はMEGAドン・キホーテになっているということをこのデータベースで初めて知りました。そういう雰囲気の場所ではなかったのですが・・・。
話を元に戻すと、この映画のあらすじから、『第三の男』(1949年/監督:キャロル・リード)を思い出した方もいらっしゃるのでは。ジョゼフ・コットン演じる主人公が、久々に親友を訪ねると親友は既に事故で死に葬儀も済んでいた。親友は薬の密売で警察がマークしていた男。親友の恋人のアンナ(アリダ・ヴァリ)に近づいて真相を探ろうとする主人公、そして親友は生きていた・・・。
赤木圭一郎は日活のアクションスター路線のキャッチフレーズ「ダイヤモンド・ライン」で、石原裕次郎、小林旭に続く「第三の男」と呼ばれていたそうですが、「第三の男」だから『第三の男』を思い起こさせるストーリーを当てたのか、そういう意図は全くなかったのか? 「ダイヤモンド・ライン」というのは野球のダイヤモンドのような形をイメージしたものらしく、四番目は和田浩二で、この4人で主演映画のローテーションを組んでいたそうです(注)。
◆密売人
『第三の男』で主人公の親友のハリー(オーソン・ウェルズ)が売りさばいているのは、薄めたペニシリン。これによって本来の薬の効果を得られなかったたくさんの子どもが麻痺に陥ります。アンナのためにハリーを逃がそうとしていた主人公に、警察はハリーの薬の犠牲になった子どもたちのいたましい姿を見せ、主人公は警察と協力してハリーを追う決心をします。
『霧笛が俺を呼んでいる』では、過去に喧嘩で相手を殺しそうになったのを止めてくれた浜崎に、杉は恩義を感じています。そんな親友の浜崎の居所を警察に隠していた杉に、森本刑事が渡したのは浜崎の麻薬で中毒になった少女の写真。これを見て杉もまた刑事に協力します。
浜崎が隠れ家を抜け出して麻薬の売人グループの拠点に立ち寄った際の、尾行した刑事との通路を使った銃撃戦も『第三の男』のウィーンの下水道での攻防を思わせます。
けれども、『霧笛が俺を呼んでいる』には、『第三の男』にはないものが見られます。
それは浜崎の愛する妹・ゆき子の存在。
妹を心から愛する兄、しかしその手術費用は悪事によって賄ったもの。その罪悪感を振り払うためか、杉が訪れた隠れ家で、浜崎はゆき子の存在を忘れたかのようなことを言い放ちます。けれども杉が運転して来たスポーツカーの座席に座って外で待っているゆき子の姿を見たとき、浜崎はそんな言葉を忘れて激しく動揺します。また別の日、警察に捕まってもいいから兄には生きていてほしい、この世で二人きりの兄妹なのだから、とゆき子が杉に涙ながらに言うのを立ち聞きする浜崎。ゆき子への愛情と良心の呵責でぐらぐらする浜崎のバックに主題歌のメロディーが流れ・・・。
情緒的でウェット、日本的な、あまりに日本的な演出です。兄とけがれない妹という家族モチーフ。彼の感情を動かすのは恋人の美也子よりゆき子です。性愛のようなギブ・アンド・テイクを伴わない、より純粋な愛情。浜崎の犯罪は、たった一人の家族・ゆき子に対する一種の自己犠牲と言っていいかもしれません。
一方、主人公の杉の出身地や親きょうだいのことは少しも出てきません。何ごとからも縛られず帰るところも行き先も自由な杉。妹を救うために悪事を働くという二律背反に引き裂かれる浜崎に対し、そうした人間的なしがらみを超越した存在であることが、物語のヒーローの条件なのです。
◆霧の別れ
最も手に汗を握るのはラスト15分。それまでに4回の殴り合いで観客にアピールした赤木圭一郎に代わり、注目は一気に浜崎の葉山良二へと移ります。追い詰められた浜崎と杉に一瞬よみがえる友情。ちらりとでも話してしまうと面白さが半減してしまうので我慢して黙っていましょう。
『第三の男』は、アリダ・ヴァリのアンナが並木道を歩いて来て、彼女への恋心を抱いた主人公を完全に無視して通り過ぎるという名場面で終わりますが『霧笛が俺を呼んでいる』ではどうなったか。
浜崎の恋人の美也子に杉はほのかな思いを抱いたようです。美也子も杉に対し否定的な感情を持ってはいません。けれども、杉はあくまで孤高のヒーロー。白い航海士の制服に身を包み、霧の中を出港します。岸壁にたたずみ船を見送る美也子の姿をシネマスコープ画面の中央に、主題歌が滑り込む・・・。
思わず一緒に歌を口ずさみたくなる、これぞ昭和の娯楽作、という仕立てですが、脚本は意外なことに『帝銀事件 死刑囚』(1964年)などの重厚な社会派作品の監督で知られる熊井啓。監督の山崎徳次郎は昭和30年代の日活の男性アクション路線を支えた人物です。そのほか、企画は水の江滝子、撮影監督・姫田真佐久、音楽は『男はつらいよ』の山本直純(主題歌は藤原秀行)、美術・木村威夫など、日本映画にこの人ありといった面々が製作陣に名を連ねています。
大人の役を演じるようになった芦川いづみ、新人とクレジットされている幼さの残る吉永小百合、登場人物として省いてしまいましたが、テカテカポマードの悪役・二本柳寛、様々な表情を見せる海の風景・・・。日活アクションの王道を行く作品としてぜひ楽しんでください。
(注)「日活アクション」『現代映画用語事典』(キネマ旬報社/2012年)より
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