電羊倉庫

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星新一『宇宙のあいさつ』〔時事への皮肉と因果応報の物語たち〕

「宇宙のあいさつ」

 地球老年期の始まり。

 宇宙人。スムーズすぎる侵略には思いがけない罠がある、という星新一アイロニーの典型的な作品でありながら、展開には意外性がある。オチを敢えて子供に語らせることで皮肉を強調している。人類はどうなるんだろう。やっぱり激怒して正当性のない復讐を行い必死に努力するも、やがて同じように無気力になるのだろうか。

 

「願望」

 はい、願いを言ったね。

 やっぱり狐には意地悪なイメージがあるのだろうか。オチの直前を読みかえすと、ちゃんと地の文ではなく会話文で「言っている」のが分かる。

 

「貴重な研究」

 若返って羽ばたき去る。

 ラストの美しい描写と老人の俗なオチの一言が印象的。蛾や蝶に喩えられているけれど完全変態によって食事をせずに繭を残して消えるあたり、モチーフは蚕だったりして。

 

「小さくて大きな事故」

 物価上昇の思わぬ波及効果。

 上手い。序盤に何げなくオチの前振りを入れたうえでスムーズに物語を進めて、泥酔した夫もショートショートも同時にポンと落とす。政府へのささやかな皮肉を含めて良く出来た作品。

 

「危機」

 クリスマスは皆が微笑む。

 宇宙人。ふっと笑みが零れるささやかな小話。現実的にはクリスマスは全世界共通のイベントではないからこうはならないだろうけど……そうあってほしいものですね。

 

ジャックと豆の木

 ぐうたら男と宇宙人。

 宇宙人。童話のSF的解釈から驚くほど急転直下な現代批判。『ジャックと豆の木』という童話の成立に当人が関わっている=童話は実際に起きた物語だった、という解釈のストーリーでもある。

 

「気まぐれな星」

 技術力と演技省の努力の賜物。

 宇宙人。星新一のこういうタイトルのセンス、やっぱり良いなあ。たしかにこういうタイプのほうが感情的で絆されやすいのかもしれない。前半あれだけ捲し立てていた人類への皮肉がほぼそのまま自分に返ってくる。それにしても、タイトルはちょっと合っていないというか、気まぐれ、かなあ?

 

「対策」

 上に政策あれば下に対策あり。

 不正を行っている人間を摘発する人間を摘発する、という循環構造クライムストーリーは星新一の十八番。デパートにいる間、地の文で具体的な心の動きを描かないことによって整合性をとっている。画期的な政策が現場職員の腐敗によって機能不全に陥っていくのって案外こういうことなのかもしれない。

 

「宇宙の男たち」

 最期のヒューマニティ。

 傑作……というほど評価はされていないのかもしれない。派手さはないしどこか湿っぽいから、もしかしたら大衆受けは悪いのかもしれない。けど、すごく好き。序盤の揶揄い合いも中盤のシリアスな会話も、遺言と遺産のくだりも、そしてラストのシンプルな会話も忘れがたい印象を残す。地球の人類の、そして宇宙船で眠りゆく二人の疑似的な救い。

 

「悪人と善良な市民」

 口八丁と善悪の逆転。

 饒舌な語り口が印象的な密室劇。想像力豊かという皮肉が終盤に機能しているのが良い。会話の内容や事件の顛末はコミカルなのに、簡潔極まりないラスト一文がこの作品をブラックに仕上げている。

 

「不景気」

 経済を倍速させるぜ。

 薬。オチも含めて産めよ増やせよ消費せよと(一定条件下での)経済状況ならば泣いて喜ぶ最高のフィーバータイムに突入するわけだけど、これが永続するってなると困ったことになるだろうなあ。あと、戦争がないと不景気になる(というか戦争があると景気が良くなる)という経済観はどうしても古臭さを感じさせられてしまう。

 

「リンゴ」

 食感とのお別れ。

 たぶん多くの人が林檎を齧る夢に意味深なものを感じるであろうことを逆手に取った作品。カウントダウンとプレイボーイがさりげなく前振りを務めている。

 

「解決」

 背後霊の影響力。

 今回は別室にいって自分の背後霊でどうにかできたわけだけど、直接相手の背後霊を相手にしなければならない場合はどうしていたんだろう。木曽義仲の影響は見られないのに世之介は速攻で効くあたり、背後霊との相性もあるのかもしれない。

 

「その夜」

 最終戦争と救世主。

 宇宙人(?)。星新一にしては珍しく具体的なミリタリ描写がある作品。いまいちピンとこないオチだけど、あの一節はナザレのイエスによるものではなく宇宙に普遍的な定理だった……と深読みできなくもない。最終戦争の描写に時代を感じる作品。

 

「初夢」

 懸賞の葉書を枕にして。

 ささやかな笑い話。夢を見せるだけ見せて現実にもらえることはない、という懸賞への皮肉も混ぜられているようにも読める。徹頭徹尾、姿形だけ見せられて実際には味わえないのは夢という意味ではリアルでもある。

 

「羽衣」

 未来の舞踏と過去の朴訥。

 天女物語のSF的解釈。「ジャックと豆の木」とストーリーの構造は同じ。昔話や童話をSF的に解釈して、そこに現代批判を織り交ぜる。濃厚な自然描写が皮肉とノスタルジーを両立させている。

 

「期待」

 宣伝という商品の卵。

 基本設定は『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』に近いものがある。サラリとしたオチだけどなんともいえない余韻が印象深い。ナヤという人名らしい名前とエル氏という星新一らしいネーミングが共存している不思議な作品でもある。

 

「反応」

 動揺の種類は無差別。

 宇宙人。地震をオチに使うのは東アジア的な感性のような気がする。宇宙人さん、そのくらいちゃんと判断してよ、と思ってしまうけど、「惑星にかけて」ってところで揺れている辺り、地球が慌てて返事をしたという皮肉なのかもしれない。

 

「治療」

 意図せぬ愚民化計画。

 やや長めの作品。劣等感こそが向上心の根源であるという前提があるにしても、善意が取り返しのつかない事態を招く、というなんともいえない怖さがある。ビッグデータから平均を算出して平均的人間像を作る、という発想はもっと別の方向性にも活かせそうなアイディアだと思う。

ばかになりたいとは、自分以外、がばかになるといい、という意味なのだ。

 

「タイムボックス」

 割れた骰子の未来予測。

 未来予知による金儲けで最もオーソドックスなギャンブルを扱った作品。オチを含めて時間SFの教科書のような綺麗な構成になっている。割れることは確定しているのだから、賭けをせずにその場でダイスを振ればよかった……のかもしれない。

 

「景品」

 ヘミングウェイの価値はキャンディ幾つ?

 おまけ商法への皮肉のようにも読めるけど、時系列的にどうなんだろう。意外性はそれほどでもないのにオチが強烈に印象に残る。商業主義批判が主題なのだろうけど、買い物をする手段を奪われるってのは意外な盲点かもしれない。それが日常に関することであっても買い物をすることによるストレス発散は案外バカにならないからなあ……。

 

「窓」

 誰にも聞こえない叫びと侮蔑。

 ドラマ版の感想でも書いたけど、テレビ全盛の時期に書かれた作品なだけにやや共感しにくいところがある……と思っていたけど、2025年でも、極めて悪い意味でリアリティを感じ取れるようになってしまった。

 

「適当な方法」

 電子的にロボトミー

 たぶん誰もが最初に予想するであろうオチに帰着するけれど、この作品は平穏な会話の中に落とし込まれたゾッとするネタばらしに価値がある。エレクトロニクス応用というのがどういうことなのかはわからないけど、もっと直截な機械化処置だったりして。

 

「運の悪い男」

 入れ替わり不幸だと思わないで。

 強盗。やっぱり死人が出ないコメディはいいなあ。クライムストーリーだけど、ある種の因果応報で、タイトルは住人の男ではなく強盗の男のことを差していたことがわかる。ようやく目を覚ました男の一言もいい。ただ、これって法的にはどうなるんだろう。善意の第三者だから弁済は有効なのかね。けど払ったやつは善意の第三者ではないからなあ……。

 

「贈り主」

 猿の惑星より愛を込めて。

 妙なアクセント、というのがささやかな伏線。ドストレート皮肉口をたたく所長が印象的だけど、これはそのまま人類への批判として帰ってくる。タイムパラドックスがヤバそうだけど、その辺も織り込み済みなのかな。

 

「タバコ」

 認識阻害のお薬。

 薬。薬の効用でこうなったわけだけど、これって街行く人に煙草のことを尋ねていたらどうなっていたんだろう。というかこんなヤバい薬、ニコチン中毒に使っていないでもっと重大な依存症に使うべきでは……と思ったけど、苦しみ自体を軽減してはくれないから根本的解決にはならないのか。

 

「初雪」

 崩壊後の世界を覆い隠す。

 かなり映像的な作品。シチュエーションはそれほど特異なものではないけど、星新一特有の愚痴っぽさと適応力の高さと呑気なキャラクターがなんともいえない読み味を作り上げている。

 

「救助」

 獲りに来たやつをミイラにしてやるぜ。

 宇宙。この場合、治療と洗脳の区別はつかないわけだけど、こうなると神経科の医者というよりは強力な催眠術師というほうが正しい気もする。まあ、何が正しいのかは時代と場所によって変わるし、それに救助者のほうが実は間違っていた可能性もあるのか。

 

「繁栄の花」

 侵略的外来種

 宇宙人。星新一世界でのずる賢い立ち回りはたいてい上手くいかない。というよりそれは人類の性質への皮肉がこもっているから手痛いしっぺ返しを食らう。そういう作品の典型例。ラストのタイトル回収がこれほどわかりやすいのも珍しい気もする。

 

「泉」

 血が湧き出る手。

 他人の血によって生計を立てる業種を比喩的に描いているともとれる。交通事故に言及があるから自動車産業への皮肉とも取れるけれど、もっと純粋にホラーとして味わうほうがいいような気もする。結局なんだったのかわからないところが気持ち悪くて良い。……もしかして、これって前借していたって意味なのか。

 

「美の神」

 美の基準は種族それぞれ。

 宇宙。遺跡で発掘されるものは色が残っていないことも多いからこその意表を突いた作品。皆に信じてもらえるから神様も力を持つ、という星新一的な神様観も顔をのぞかせている。

 

「ひとりじめ」

 相棒は洞窟で肉体を捨てた。

 ちょっとした怪談。幽霊話として前振りがあり、尚且つラストで分かりやすく説明しているという、少し親切すぎるくらいの作品。

 

「奇妙な社員」

 休暇でやる気楽な作業。

 部屋の掃除とかデータをエクセルに纏める作業が妙に楽しいことがあるけど、それのスケールがでかいバージョンが本作。流れがスムーズでオチも意外だけど突拍子がないわけではなく、どこか牧歌的な雰囲気とヒトが良さそうな社長のキャラクターもあって読み心地が良い作品に仕上がっている。

 

「砂漠の星で」

 不用意に手を付けてはいけません。

 宇宙。不用意に箱を開けたら意思を持たぬ怪物に襲われてしまう、という意味では典型的な宝探し物語をSF的に解釈したとも読める。

 

「夜の流れ」

 夜、女性、青年、老人、幻。

 印象的なタイトル。すごく好き。物語の構成はスラプスティックなタイプで物語の筋は怪談そのものなのに、感傷的で湿っぽい作品に仕上がっている。読むと優しくも寂しい気持ちになる。幼少期には一顧だにしなかったけど、歳をとって読むとたまらないものがある。

 

「あとがき」

 タイトルで騙しにかかるサービス精神。

 メタフィクションっぽい手法が使われた小品。最後にこれが置いてあるのが星新一らしくて良い。もしかしたら本当に「あとがき」の代わりに書き下ろした作品なのかも、と考えるだけでちょっと楽しい。

 

 

 

――――――――

 文庫本ではなく『星新一 ショートショート1001』で読んだので、原本と多少の異同はあるかもしれない。

 全体的にパッと閃くようなオチのある物語よりは時事に対する皮肉めいた余韻を持たせる作品が印象的。「宇宙のあいさつ」「ジャックと豆の木」「気まぐれな星」「羽衣」「治療」なんかがその代表だ。星新一の作品は基本的に固有名詞(お金の単位や人名など)を排除して普遍性を持たせるように工夫しているのだけどこうやって読むと、少なくとも間接的には題材に時代が反映されている……と考えると、星新一ほどの人ですらそうだったから、ましてやおれたちみたいな凡人は時事性や時代感覚から逃れようがないのだろう。「今読んでも古さを感じない」みたいなフレーズを、おれたちは気軽に使いがちだけど、そう簡単に使える言葉ではないのかもしれない。

 ベストは「夜の流れ」。星新一にしては珍しくちょっと凝ったタイトルで、地の文が多いせいかなんとなく映像的で、ショートドラマにしたら映えるんじゃないかと思えた。

 

 

収録作一覧

「宇宙のあいさつ」
「願望」
「貴重な研究」
「小さくて大きな事故」
「危機」
ジャックと豆の木
「気まぐれな星」
「対策」
「宇宙の男たち」
「悪人と善良な市民」
「不景気」
「リンゴ」
「解決」
「その夜」
「初夢」
「羽衣」
「期待」
「反応」
「治療」
「タイム・ボックス」
「景品」
「窓」
「適当な方法」
「運の悪い男」
「贈り主」
「タバコ」
「初雪」
「救助」
「繁栄の花」
「泉」
「美の神」
「ひとりじめ」
「奇妙な社員」
「砂漠の星で」
「夜の流れ」
「あとがき」