焦点:南シナ海進出の中国漁船、人工衛星と政府支援で「縦横無尽」
By ロイター編集
7月28日、南シナ海に面する海南島で操業する中国漁船は人工衛星を装備し、政府からの支援を受けて「縦横無尽」 に活動している。6月撮影(2014年 ロイター/John Ruwitch)
[TANMEN(中国) 28日 ロイター] - 中国が周辺国との領有権争いを激化させている南シナ海。同海域に面する海南島で操業する漁船は、船体こそ老朽化しているものの、最新のハイテク機器も装備している。フィリピンやベトナムの巡視船と遭遇した際、自国の海洋監視船に直接連絡できる衛星ナビゲーションシステムだ。
中国には独自開発した中国版GPS(全地球測位システム)の北斗衛星測位システムがあるが、国営メディアによると、同システムは昨年末までに漁船5万隻以上に搭載された。南シナ海への玄関口に位置する海南島では、漁船の船長たちは同システム設置コストの10%程度しか自己負担しておらず、残りは政府が支払っている。
中国は沿岸部での水産資源が枯渇しつつあり、新たな漁場を求めて南シナ海への進出を強めている。漁船の衛星ナビシステムが示すのは、政府が漁師たちへの資金援助を拡大させている姿だ。
ロイターは、海南島の静かな港町Tanmenなどで現地取材を行い、船長や複数の漁師たちにインタビューを行った。そこで分かったのは、漁師たちに対して当局は、領有権を争う海域でも操業するよう奨励していることだ。遠く離れた海域までの航行は、政府の燃料補助によって可能になっているという。
個人所有の小型船から上場企業が保有するトロール船など、中国の漁船が領有権争いの最前線に立っているのは、こうした状況が背景にある。最近では、中国がベトナム沖に設置した石油掘削装置(リグ)の周辺で、中国の漁船とベトナムの漁船が衝突を2カ月以上にわたって繰り返していた。
南シナ海への進出を強める中国の姿勢を説明する際、通常は、年間5兆ドル以上の物資が通過する海洋交通路としての戦略的重要性や、海洋石油・ガス開発を拡大したい中国政府の思惑が主眼となることが多い。
一方、あまり注目されていないものの、複数の専門家からは、水産資源の重要性を説く声も聞かれる。例えば、国連食糧農業機関(FAO)の報告書によると、2010年時点で中国の人口1人当たりの魚消費量は35.1キロで、世界平均18.9キロの約2倍に上る。
豪ニューサウスウェールズ大学で国際安全保障問題を専門とするアラン・デュポン教授は「水産品は中国の日常生活に極めて重要だが、昨今の衝突や争いを考える際、多くの人が見落としている点だ」と指摘。「中国の漁船が係争中の海域での操業を求められているのは明らか」とし、「政府は地政学的、経済的、商業的な理由から係争海域での漁船操業を奨励している」語った。
<正確な位置情報>
2012年末時点で中国は、アジア太平洋地域の軌道上に人工衛星16機を打ち上げていた。運用開始から19カ月が経過した中国版GPSの北斗システムは、中国軍がすでに大規模に利用している。
中国の漁船が北斗システムをどの程度利用しているかは分からない。ロイターが海南島で取材した漁師たちからは、救難信号を送ったことがあるという声は一切聞かれなかった。
しかし、中国国営メディアによれば、機械的なトラブルを起こしたり、外国の海事当局ともめごとになったりした漁船は、北斗システムを使って救難信号を送ることができる。
漁船の非常ボタンを押せば、中国海洋当局に直接メッセージが届くようになっており、北斗システムが位置情報を常に発信しているため、当局は各漁船の正確な位置を特定することもできる。
また北斗システムを使うと、漁船同士のほか、漁船から家族や友人にショートメッセージを送ることも可能だという。
海南省海上保安当局の幹部Zhang Jie氏はロイターの取材に対し、北斗システムの利用に関する正確な情報は持っていないと説明。その上で、漁師たちは中国の領海内ではどこでも操業することが奨励されているが、漁船が他国との争いに巻き込まれることを政府は望んでいないとの見解を示した。
水産当局や漁業規制当局など海南島の別の当局者にも取材を申し入れたが、回答は得られていない。北斗システムを運用する衛星当局や、外務省と国家海洋局もコメントを差し控えている。
<国家主席の後ろ盾>
中国は、習近平氏が国家主席に就任した昨年3月以降、南シナ海で力の誇示を強めている。南シナ海は約350万平方キロメートルに及ぶが、中国はその90%に領有権があると主張。フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、台湾と領有権をめぐって衝突している。
中国海軍は2013年11月には唯一の空母「遼寧」を初めて南シナ海に派遣。中国やフィリピンが領有権を争う南沙諸島(英語名:スプラトリー)では、中国艦船がフィリピン海軍の補給船を妨害しようとした。
ベトナム沖での石油リグ設置などの中国の行動に対しては、米国政府からも批判の声が上がっているが、中国側は自国領海内での通常の活動だと一蹴している。
習氏は国家主席就任から数週間後には海南島を訪問し、係争中の海域で操業する漁船に対する保護を政府として強めると語っていた。
ロイターが取材した複数の漁師たちは、海南島から南に約1100キロ離れた南沙諸島付近まで出向いて操業することも現地当局から奨励されていると明かした。
船長の1人は匿名を条件に、漁船の定期修理が終わり次第、南沙諸島付近に航行する予定だと語った。また別の漁師によると、同海域への航行には政府から燃料補助金が支給され、船のエンジンが500馬力の場合は、1日当たり2000─3000元(約3万2000─4万9000円)が船長に払われるという。
現地では「当局が南シナ海での漁業を守るのは中国の主権を守るためだ」との声も聞かれた。ただ、それ以外の理由もある。国家海洋局は2012年10月に発表した報告書で、中国沿岸での水産資源は減少していると指摘していた。
シンガポールの南洋理工大学S・ラジャラトナム国際研究院で上級研究員を務める張宏洲氏は「今現在、中国と周辺国の緊張の主因は漁業資源をめぐる競争だと思う」と語った。
<木造船とトロール船>
係争中の海域では、中国の大手漁業会社の少なくとも1社が操業しており、政府からの支援を受けている。上海株式市場に上場している山東好当家海洋発展股フン有限公司<600467.SS>は今年2月、全長55メートルのトロール船8隻を海南島東方市から進水させると発表。水産品の年間売上高が1億5000万ドルの同社は、ウェブサイトで「政府による南シナ海の開発と国家主権の保護の呼びかけに応えるもの」だとしていた。
同サイトによると、発表から6週間後、東方市当局から同社に対して、船1隻につき200万元(約3280万円)の「修繕」助成金が支給されることが決まったという。
東方市当局者からのコメントは得られていない。
今年5月、ベトナム政府は、中国のトロール船が石油掘削装置の近くでベトナムの小さな木造漁船に体当たりし、沈没させたと非難。衝突の模様はビデオに撮影されていたが、中国側は、ベトナム漁船が攻撃的だったと主張した。
5月26日付で撮影されたビデオを見る限り、中国のトロール船に書かれた番号までは肉眼では確認できない。ただ、ベトナム沿岸警備当局は、船には「11209号」と書かれていたとしている。また、救助された沈没船の船長はロイターの取材に対し、「11202号」という数字を確かめたと語った。
東方市のウェブサイトには、山東好当家の新船舶8隻として、「11209号」と「11202号」、その他の6隻が掲載されている。
山東好当家は、ロイターによる電話と電子メールでの取材要求には応じていない。乗組員の1人は、船は6月初めに港に戻ってきたと明かしたが、それ以上は語らなかった。
ロイターの記者はその後、山東好当家の従業員数人に取り囲まれ、なぜ船について聞くのか説明を求められた。さらに警察に連れて行かれ、そこで短期間身柄を拘束された。
(John Ruwitch記者 翻訳:宮井伸明 編集:伊藤典子)
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