Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

トランプ政権”という症状──現地で見るアメリカ社会の今

「トランプはなぜ労働者階級の大きな支持を得ているのか」、この問いに対する面白い答えが今読んでいる本に書いてあった。

I think the more accurate answer as to why Trump has won working-class support lies in the pain, desperation, and political alienation that millions of working-class Americans now experience and the degree to which the Democratic Party has abandoned them for wealthy campaign contributors and the “beautiful people.

なぜ、トランプが労働者階級の支持を得たのか。その答えは、何百万人ものアメリカの労働者階級が今まさに感じている痛み、絶望、そして政治的な疎外感に根本原因がある。そして、もう1つの大きな理由は、民主党が裕福な政治献金者や”Beautiful People”を優先し、労働者階級を見捨てた、と彼らが感じているからだ。
『It’s OK to Be Angry About Capitalism』Bernie Sanders

本書は2023年2月に書かれたものだが、くしくも2024年の大統領選における民主党の敗北を予見していたとも言える。

 

バーニー・サンダースって誰?

著者のバーニー・サンダースはアメリカの民主党の上院議員で、2020年のバイデンが選出された大統領選では、バイデンと民主党予備選で一騎打ちを繰り広げるまで全国的に支持を拡大した。


民主党の中では、最も進歩的な政策を掲げる政治家で、国民皆保険、大学授業料無償化、富裕層への課税強化などの政策を掲げている。「国民皆保険」というと、世界最強の国民保険を持つ日本の方からすると「普通じゃね?」と感じるかもしれないが、アメリカでは時としてFar Left(極左)と見なされるほど大胆な政策だ。


バイデンやカマラ・ハリスとは異なり、富裕層からの政治献金に過度に依存せず、草の根の政治献金で活動している点も特徴的だ。

 

根強いトランプ支持

トランプ関税、米国国際開発庁(USAID)の大幅縮小、不法移民の即時送還措置、など矢継ぎ早に話題の政策を導入しているトランプ大統領。日本の報道はかなり偏っているので、「トランプが滅茶苦茶やっている」というように見ている方も多いようだが、あまり党派色のないGallupの調査によれば支持率は43%。共和党支持者の90%は根強くトランプを支持しており、多くの実施した政策は、支持者からは好意的に受け取られている、と言っても過言ではない。

 

困窮に陥る労働者階級

アメリカのインフレは尋常ではない。バイデン政権下の2021年1月から2024年12月までの間に、CPIは累計で21%上昇し、平均的な家族の年間支出は約17,000ドル(240万円以上)上昇したという統計もあり、特に労働者階級の生活を圧迫している。


アメリカの医療制度はぶっ壊れている。2023年にアメリカの成人の27%が費用の問題で医療サービスを受けられなかったという統計がある。下記は年間一人当たり何回医者にかかるかを国別に表した図で、アメリカはたったの3回とギリシャやチリと同じ回数だ。非大卒の労働者が経済的な理由で十分な医療が受けられないということが世界一の経済大国で発生しているというのは驚きだ。
なお、日本は韓国に後塵を拝しているものの11回と世界2位。高齢者の医師受診回数がかなり高いと注釈までつけられており、別の問題はありそうだ。

 

対岸の火事の”Beautiful People”

前置きが長くなったが、冒頭のサンダースの本の引用に戻る。

I think the more accurate answer as to why Trump has won working-class support lies in the pain, desperation, and political alienation that millions of working-class Americans now experience and the degree to which the Democratic Party has abandoned them for wealthy campaign contributors and the “beautiful people.”
なぜ、トランプが労働者階級の支持を得たのか。その答えは、何百万人ものアメリカの労働者階級が今まさに感じている痛み、絶望、そして政治的な疎外感に根本原因がある。そして、もう1つの大きな理由は、民主党が裕福な政治献金者や”Beautiful People”を優先し、労働者階級を見捨てた、と彼らが感じているからだ。
『It’s OK to Be Angry About Capitalism』Bernie Sanders

この「Beautiful People」というのが皮肉がたっぷり込められており、適訳が難しいが、「意識高い系のエリート・セレブたち」という感じがしっくりくる。イメージとしては、大学卒で、健康保険を提供してくれる企業に勤め、年収は2000万円をはるかに越し、衣(+医)食住が十分に足りて意識高い生き方を追求するゆとりのある層だ。


もう少し生々しいイメージだと、オーガニック食材が充実したWhole Foodsで食料品を購入し、Fast Foodとかには手を出さず、卵はケージフリーのものを購入し、運動は会員制のジムでのトレーニングやヨガに勤しみ、車はテスラ、みたいなカリフォルニアに多そうな感じの方々が、「Beautiful People」にあたる。


こういう人々は民主党のドストライクの支持層だが、企業の福利厚生があるため医療費にそれほど困らず、バイデン政権下で年間支出は約17,000ドル(240万円以上)上昇したところで、将来に向けての投資が少し減るくらいで、日常の生活には一切変化がない層だ。当事者では確かにあるのだが、結局は迫る危機を対岸で眺めているに等しい。

 

労働者階級とBeautiful Peopleの隔たり

このように、生活の余裕がまったく異なる「Beautiful People」と労働者階級との間には、経済的にも感情的にも深い溝がある。生活に困窮する労働者階級にとって、自分たちの苦境を理解しようとしない「意識高い系のエリート」たちは、もはや「同じ国の人間」とは思えない存在だろう。

 

そして、彼らの怒りや不安、不信感が向かう先として、トランプが持ち出すスケープゴート——すなわち「移民」や「空洞化した製造業をもたらした国際化」——は、あまりに分かりやすく、納得しやすい「敵」なのだ。

今回のハーバード大学への介入も、こうした構図の中にある。労働者階級の怒りが「Beautiful People」の象徴であるエリート大学に向かうのは、ごく自然な流れだ。トランプにとっては、ハーバードを叩くことは、支持層の怒りを代弁し、支持を喚起するための一つの政治戦略なのだ。

 

トランプは「原因」ではなく「症状」

トランプ大統領は混乱の「原因」ではない、貧富の激しい格差とそれが解消されない閉塞感から生まれた「症状」なのだ。

 

関税を高くしたって物価に跳ね返ってくるだけだし、不法移民を追い出したって安価な労働力が失われてやっぱり物価に跳ね返るだけだし、ハーバードへの補助金絞ったって溜飲が少し下がるだけで生活が良くなるわけないだろう、と対岸の火事のように傍観している「Beautiful People」たちは言うかもしれない。

 

でも、バイデンに任せたってエネルギーが少しクリーンになって、LGBTQに優しくなり、移民に寛容なD&Iに富む国にはなるかもしれないけど、ちっとも暮らしは良くならないじゃないか、というのは労働者階級の率直な気持ちだろう。トランプの支持拡大は「何か難しいことはよくわからないけど、今の仕組みをぶっ壊してくれ、自分たちのことを理解してくれる大統領にかけるしかないじゃないか」という年間の生活費が240万円上がって、病気になったって病院にもいけない人たちの悲痛な叫びから産まれた社会的な「症状」なのだ。

 

実のところ、私もアメリカに住みながら対岸で暮らしている口である。選挙権もない移民なので行き過ぎた資本主義が猛威を奮いながら民主主義を圧倒していく様を間近でみていることしかできない。ただ、「トランプは滅茶苦茶で狂っているなぁ」という感想は、現地に長く住んでいるから核心を捉えていないことはよく分かる。アメリカの陥っている「症状」を砂かぶり席で引き続き注視していきたい。

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