MUSIC AWARDS JAPANが一石を投じる、音楽を応援するテレビ番組のあるべき姿

日本版グラミー賞とも呼ばれる「MUSIC AWARDS JAPAN」の最終日が終わり、様々な結果が見えてきました。
はたして今回の「MUSIC AWARDS JAPAN」は成功と呼べるのか、関連データからまず振り返ってみたいと思います。
まず、NHKが生中継を担当した22日の授賞式の視聴率は、世帯視聴率が6.1%、個人視聴率が3.5%と、他局の音楽番組と大きくは変わらない数値だったようです。
ただSNS上の反響は非常に大きく、22日の放送開始後は、Xのトレンドの上位を、「MUSIC AWARDS JAPAN」の関連キーワードが次々に占める結果になりました。
特にオープニングショーとして制作されたYMOの代表曲をリブートした「RYDEEN REBOOT」の反響は大きく、動画がYouTubeに公開されるとあっという間に話題を呼び、公開から2日で100万再生を超えています。
またアーティストやファン、そしてメディアや音楽関係者の間では、この記事の執筆時点でもSNS上で活発な感想戦が展開されていますから、今回の「MUSIC AWARDS JAPAN」が初回としては間違いなく「成功」と言える大きなインパクトを残したことは間違いないでしょう。
特に今回のアワードにおいては透明性の高いアワードの設計や、女性の社会進出へのメッセージ性の高いパフォーマンスも含めたイベント内容などを評価する声も多いようです。
参考:Music Awards Japanの成功の証は、「透明性」がもたらした〝不都合な現実〟にある
特にここで注目したいのは、今回の「MUSIC AWARDS JAPAN」におけるテレビ局との画期的な協力体制です。
NHKとYouTubeのダブル配信を実現
今回「MUSIC AWARDS JAPAN」の22日の授賞式がNHKで放送されたことから、視聴者の中には「MUSIC AWARDS JAPAN」をNHKの番組と捉えている方も少なくないようです。
ただ、実は「MUSIC AWARDS JAPAN」はあくまで音楽業界の主要5団体が立ち上げたCEIPAが軸となって運営されている企画です。
そのため、今回の授賞式はNHKの生中継と並行して、YouTubeライブ経由での全世界向けのライブ配信が実施されていました。
YouTubeライブの方は英語字幕を入れるために30分遅れの配信となっていますが、地上波で放送されている番組が、並行してYouTubeライブでもダブルで配信されるというのは日本のキー局のテレビ番組では非常に希有な取り組みだったと言えると思います。
これが可能になったのも、「MUSIC AWARDS JAPAN」がテレビ局主導ではなく、音楽業界主導で実施されたアワードだったからです。
制作チームも業界横断のドリームチーム
しかも、今回の22日の授賞式の放送はNHKだけで実施されたものではありません。
象徴的なのは、今回の授賞式の総合演出を、テレビ朝日で「ミュージックステーション」などの演出を務める利根川広毅さんが担当していることでしょう。
参考:アーティスト第1主義の授賞式を「MUSIC AWARDS JAPAN」の挑戦(3)
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NHKで放送される授賞式の総合演出を、テレビ朝日の人間が担当するというだけでも異例中の異例と言えますが、今回の制作チームには映像作家の山田健人さんや演出家のMIKIKOさんが関わり、生放送のアドバイスをNHKの加藤英明さんや佐藤岳利さんが行うなど、音楽映像における日本のドリームチームともいえるメンバーで構成されているそうです。
詳細は、利根川広毅さんが日経エンタテインメントのインタビューに応えた上記の記事に詳しく書かれていますが、今回の第1回目はあえて「視聴率重視」ではなく、「アーティストファースト」で企画されたことが明言されています。
そのため、今回の「MUSIC AWARDS JAPAN」におけるアーティストのパフォーマンス映像の権利も、実は生中継を行ったNHKではなく、アワードを運営しているCEIPA側が管理する構造になっており、NHKはあくまでCEIPAが制作した映像を放送するという構造になっているようです。
その象徴と言えるのが、すでにYOASOBIやCreepy Nutsなど5組のアーティストのパフォーマンス映像が「MUSIC AWARDS JAPAN」のYouTubeチャンネルに公開されている点です。
YouTube活用が遅れている日本のテレビ局
実は海外のテレビ局の音楽番組では、パフォーマンス映像がYouTubeにそのまま公開されることはもはや珍しくありませんが、日本のテレビ局の音楽番組はまだほとんど本格的なYouTube活用に踏み切っていません。
日本で最も積極的にYouTubeを活用しているのは、紅白歌合戦のダイジェスト動画などをアップしているNHKですが、NHKは放送法等の縛りにより、YouTubeの活用は基本的に「NHK +」への誘導に限られているため、1週間でYouTubeの動画も削除する方針になっています。

参考:紅白プロデューサーが目指すNHK音楽番組の未来。B’zのスーパーパフォーマンスが生まれた舞台裏とは?
一方、NHK以外の民放各局は、YouTubeの活用は基本的に告知動画や、出演アーティストのコメント動画等に限定しているのが現状です。
これは、おそらく地上波のテレビCM収入に悪影響を与えることをおそれている可能性が高いと考えられますが、それにより実は日本のテレビの音楽番組でのパフォーマンス映像というのは基本的に日本在住でテレビを見る人しか視聴することができない構造になっているのです。
象徴的なのは、日本における音楽賞の代表の一つである「日本レコード大賞」が、YouTube上には公式チャンネルがないどころか、TBSの告知動画数本しかアップされておらず、受賞の結果やパフォーマンス動画は違法動画でしか見つけることができない点です。
少なくともYouTube上で検索している海外の音楽ファンにとっては、「日本レコード大賞」は存在しないも同然の状態になっているわけです。
「YouTubeを活用して日本の音楽を海外に」
実は、筆者がYouTube Musicの佐々木舞さんや鬼頭武也さんにインタビューで聞いた話によると、5年前から文化庁長官の都倉俊一さんとYouTubeの間で、日本の音楽を海外に出していくための議論がはじまっていたそうです。
参考:初開催の音楽賞「MUSIC AWARDS JAPAN」から得られる日本の音楽を世界に届けるためのカギ
その関係で今回のMUSIC AWARDS JAPANの立ち上げにおいて「YouTubeを活用して日本の音楽を海外に出していく」というのが、最初から一つの軸になっていたそうです。
その軸があったからこそ、今回の22日の授賞式においてもNHKで生中継するにもかかわらずYouTubeライブでのダブル中継を実施し、まだNHK+での視聴可能期間であるにも関わらず、YouTubeにフルでパフォーマンス動画が公開されるという、日本においては非常に画期的な音楽番組の構造が実現できたということでしょう。
まだ公開されていないアーティストの動画もありますし、アーティストによっては期間限定になる動画もあるようですが、いずれにしても今回の「MUSIC AWARDS JAPAN」では、日本の音楽番組でのパフォーマンスを世界の音楽ファンが視聴することができるモデルケースができたことになります。
YouTubeで世界のファンから視聴できるからこその出演
特に今回の「MUSIC AWARDS JAPAN」の22日の授賞式で壮観だったのは、YOASOBIにCreepy Nuts、さらには藤井風さんにMrs. GREEN APPLEと、日本を代表するトップアーティストが授賞式の会場に足を運び、生でのパフォーマンスを披露してくれた点です。
「MUSIC AWARDS JAPAN」の関係者によると、今回のアワードでのパフォーマンスのオファーは、早い人では1年以上前から出演オファーがはじまっていたようです。
当然、受賞するかどうかはもちろん、ノミネートされるかどうかも分からないタイミングです。
まだ「MUSIC AWARDS JAPAN」の形も分からないようなタイミングで、アーティストや事務所側も戸惑うケースが少なくなかったようですが、関係者が地道に一人一人「今の日本におけるトップの音楽を見せる」というコンセプトを説明し、賛同を取っていったそうです。
そのモチベーションの一つが、単にテレビ局の視聴率競争に貢献するために音楽番組の中でパフォーマンスをして終了するのではなく、そのパフォーマンスの映像がYouTube経由で世界に向けて発信されるという「アーティストファースト」の構造にあったことは想像に難くありません。
日本のテレビの音楽番組は「アーティストファースト」になれるか
今後注目されるのは、今回の「MUSIC AWARDS JAPAN」の成功を見て、既存の日本のテレビ局が方針を変えてくるかどうかという点です。
実は最近では韓国のアーティストが日本の音楽番組に出演すると、そのパフォーマンス動画が日本のファンしか視聴できないため、日本での活動が長いと海外のファンからのクレームになったりするケースが少なくないようです。
このまま日本の音楽番組が、「視聴率重視」で地上波の放送のみにこだわると、そういった世界のファンを重視するアーティストは徐々に出演を断るようになっていく可能性があるわけです。
また、藤井風さんのようにあまり日本の音楽番組には出演しない印象があるアーティストが、今回の「MUSIC AWARDS JAPAN」の出演のオファーは受けたのも、同様の構造があると考えられます。
実際に藤井風さんの「満ちてゆく」の素晴らしいピアノ演奏の動画は、公開から1日で60万再生を超えており、日本のファンのコメントに比べると当然数は少ないものの、様々な国の言語でのコメントも投稿されているのが印象的です。
世界から視聴することができるYouTubeならではの現象と言えるでしょう。
テレビ局にとっては、アーティストのパフォーマンスは視聴率競争における一つの番組の要素でしかないかもしれませんが、ファンにとっては、一つ一つのパフォーマンスはそれぞれ異なるアーティストからファンへのメッセージやコミュニケーションでもあり、何度も見返したくなる作品でもあります。
そのため、グラミー賞などの海外のアワードではパフォーマンス動画を、グラミー賞のYouTubeチャンネルにアップするのではなく、アーティストのYouTubeチャンネルに提供するケースも増えてきているようです。
日本のテレビ局が今回の「MUSIC AWARDS JAPAN」のチームと同様に、「アーティストファースト」で、日本のアーティストの海外展開を応援したいと考えるのであれば、日本の音楽番組が取り組まなければいけないことは明白なはず。
今回の「MUSIC AWARDS JAPAN」は間違いなく音楽業界を一つにする大きなきっかけとなりました。
はたして日本のテレビ局が、この成功を見てどのように行動するのか。
次はテレビ局が、日本のアーティストの音楽を世界に拡げるために、音楽業界と一つになれるかどうかが問われているように思います。