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10億円突破の快挙を成し遂げた映画「ヒプノシスマイク」にみる観客参加型映画の可能性

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(出典:映画「ヒプノシスマイク」公式サイト)

観客の投票によって映画のストーリーが変わる日本初の「インタラクティブ映画」として注目されていた映画「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-」が、ついに速報値ベースで興行収入10億円を突破したようです。

「ヒプノシスマイク」とは、2017年に声優がキャラクターに扮してラップバトルを繰り広げるプロジェクトで、年々ファンを増やしCDリリースやアニメ化など活躍の場所を拡げてきた企画です。

今回の映画は、そのさまざまなIP展開における「最後のディビジョンラップバトル」として満を持して映画化されたもので、日本初の観客による投票参加型の映画として公開されたのです。


10億円というと、映画の中ではそれほど大きい数値に思われない方も少なくないかもしれませんが、今回「ヒプノシスマイク」が10億円を突破したことは、日本の映画界だけでなく世界の映画界にとっても非常に画期的と言えますのでご紹介したいと思います。

通常の3分の1以下の85館でトップ10入りの快挙

「ヒプノシスマイク」の10億円突破がいかに画期的かということを表す指標の一つは、「ヒプノシスマイク」の上映館数が85館と非常に限定的な点です。
日本で公開されるメジャーな映画は、基本的に300館以上での公開が普通で、「映画ドラえもん」のような人気映画に至っては380館以上で公開されています。

上映館数が少なければ当然近所の映画館で観れる人が少なくなりますから、普通は興行収入にも大きなマイナスの影響があるわけです。

しかし、ヒプノシスマイクは3分の1以下の85館と上映館数を絞ることで逆に1館毎の密度を高くし、観客の熱量を高くするという選択をしています。

(出典:映画.com 国内映画ランキング)
(出典:映画.com 国内映画ランキング)

その結果、2月21日の公開から、すでに1ヶ月が経っているにもかかわらず観客の足が途絶えず、3月21日〜3月23日の週末の興行成績でトップ10に返り咲き、3月28日〜3月30日の週末の興行成績においてもトップ10入りを果たすという快挙を成し遂げているのです。

 

観客の投票で48ルート、7つのエンディングに

映画「ヒプノシスマイク」が画期的なのはインタラクティブ映画と呼ばれているように、映画館の中で観客が投票することで映画のストーリーが変わる点です。

観客は映画の冒頭でスマートフォンに「CtrlMovie」という投票アプリをダウンロードし、投票の準備をする時間を取ります。


その後、映画が進む中で投票シーンでスマホアプリから投票を行い、映画のストーリーがその投票結果によって変化するという仕組みになっているのです。

そのルートの数はなんと48通り、エンディングも7つのパターンが用意されているため、複数のエンディングやルートを見たいファンは、何度も映画館に足を運ぶ仕組みになっているというわけです。

インタラクティブ作品の現実と課題

今回の「ヒプノシスマイク」が日本初をうたっているように、世界ではこうしたインタラクティブ映画はいくつか既に挑戦された事例があります。

有名なものはNetflixが2018年に公開して話題になった「ブラックミラー バンダースナッチ」でしょう。

参考:NetflixがSFドラマ『ブラック・ミラー』最新話"バンダースナッチ”を公開。なんとゲームブックのように選択肢で分岐するインタラクティブドラマ!

こうした取り組みは当時非常に画期的だと大きな話題になりましたが、製作の手間や再生プラットフォームが限定されることなどもあり、その後はあまり話題になる人気作品が増えていないのが現状です。

特に、こうしたストーリー選択型の作品は、映画館のような複数の人数での投票を行うと、何度見ても多数決で同じ選択肢が選択され、毎回同じストーリーになってしまいがちなのが課題だと言われてきました。
一方で、一人の視聴者にストーリー選択型の映像を提供するのであれば何も映像作品でやらなくても、ゲームで良いのではないかという議論もあったのです。

しかし、今回「ヒプノシスマイク」は非常に画期的な方法で、この観客参加型の課題を乗り越えています。

 

ラップバトルへの投票という自然な参加形式

まず、最も重要なのは「ヒプノシスマイク」がラップバトルという、ラップチームによるトーナメント形式での対戦をストーリーの中心に置いているため、観客による投票がラップバトルの勝者に対する投票という非常に自然なシーンでのみ実施されている点です。

そのため、観客は映画に対する没入感をとぎらせることなく、ラップバトルの観客として普通に投票行為を行う形になります。

複数人数による参加型の映画は、どうしても投票時間の待ち時間が存在してしまいますが、ラップバトルの勝負に対する投票ということで、そこのハードルを自然にクリアしているわけです。

筆者も友人に勧められて映画を観に行って驚きましたが、投票結果が出るまで映画館の観客が緊張しながら息をのんでいる空気は、実際のラップバトルの会場にいるような不思議な感覚に陥りました。

見たいストーリーのために映画館を探す映画 

さらに「ヒプノシスマイク」が秀逸なのは、ラップバトルのチームが渋谷や新宿、大阪や名古屋などの地域をベースにしたチームに分かれているため、実際の映画館でも地域によってホームやアウェイが生まれる点です。

筆者は、渋谷の映画館で観戦した関係で、明らかに渋谷のチームのファンが多く、渋谷のチームが優勝するという比較的分かりやすい展開になりました。

これは映画の結末を予想したくない人によっては、若干ネガティブに聞こえるかもしれませんが、「ヒプノシスマイク」においては、自分が応援しているチームの地域の映画館を選択したり、自分が見ていないストーリーをみるために、違う地域の映画館に足を運んだりという「ストーリーのために近所以外の映画館を選ぶ」という新しい現象を生み出しているのです。

運営側もこの流れを促進するために、映画公開の早い段階から「VOTING STATUS」という映画館毎の投票結果を可視化するサイトを公開。

(出典:「ヒプノシスマイク」VOTING STATUS)
(出典:「ヒプノシスマイク」VOTING STATUS)

ファンが自分が望むストーリーになる可能性が高い映画館を探せるような仕組みを提供しています。

ファンが繰り返し足を運ぶライブ映画

そして何と言っても「ヒプノシスマイク」はラップバトル自体がテーマのコンテンツということもあり、映画自体がアーティストのライブ映画として何度も楽しめる映画であるのがポイントです。

「ブラックミラー バンダースナッチ」のようなストーリー選択型の映画では、どうしても一通りのストーリーさえ見てしまえば、もう1回みようというモチベーションは湧きにくい構造になりがちです。

しかしアーティストのライブ映画は、アーティストのファンにとっては実際のライブに近い存在であり、好きなアーティストの音楽に包まれるために何度も映画館に足を運ぶという現象が起きやすい作品と言えます。

象徴的なのは昨年公開されたMrs. GREEN APPLEのライブ映画「The White Lounge in CINEMA」が興行収入19億円の大ヒットで2024年に日本で公開された映画の興行収入ランキングの15番目に入ったことでしょう。

それぐらいアーティストのライブ映画は、ファンを映画館に呼べるコンテンツとして注目されているのです。

筆者が「ヒプノシスマイク」を観に行った際にも、多くのファンが色とりどりのリングライトを振りながら映画を鑑賞していて、まるで映画館がライブ会場のようになっているのが印象的でした。

「ヒプノシスマイク」はインタラクティブ映画とアーティストのライブ映画を組み合わせることで、見事に観客参加型の新しい映画の可能性をひらいて見せてくれているわけです。

 

世界でも珍しい新しい参加型映画の成功

今回の「ヒプノシスマイク」の映画における成功は、世界でも珍しい参加型映画の成功と言えます。

既にハリウッドレポーターの本国でも「ヒプノシスマイク」の成功が「日本アニメのヒプノシスマイクがインタラクティブ映画は大成功できることを証明した」と取り上げられているのがその象徴と言えるでしょう。

(出典:THE Hollywood REPORTER)
(出典:THE Hollywood REPORTER)

参考:Japanese Anime 'Hypnosis Mic' Proves an Interactive Movie Can Be a Box-Office Hit

特に注目されるのは、「ヒプノシスマイク」が85館という小規模上映で、観客動員数トップ10にランクインし、10億円もの興行収入を叩き出す成功を収めた点です。

これは映画館にとっても新しい形のモデルの可能性を示していると言えます。

当然、この成功を見て今後さらなる観客参加型映画の挑戦が増えるはずです。

いずれにしても、「ヒプノシスマイク」の成功は、間違いなく映画の新しい形をつくったことは間違いありません。

まずは「ヒプノシスマイク」の記録がどこまで伸びていくのか引き続き注目したいと思います。

noteプロデューサー/ブロガー

ベスト エキスパート受賞

2024

Yahoo!ニュースでは、日本の「エンタメ」の未来や世界展開を応援すべく、エンタメのデジタルやSNS活用、推し活の進化を感じるニュースを紹介。 普段はnoteで、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についての啓発やサポートを担当。著書に「普通の人のためのSNSの教科書」「デジタルワークスタイル」などがある。

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