伊藤忠テクノソリューションズ(以下、CTC)では、独自の仕組み「学びの場プラットフォーム」を通じてエンジニアの成長を支援している。エンジニアの能力開発と人的資本拡充の一環となる本取り組みではスキルやキャリアパスの可視化に「タレントパレット」を採用している。科学的データに基づき個人の能力を引き出すユニークな施策について、戦略の推進者たちに話を聞いた。
エンジニアの成長を支援する
学びの場プラットフォーム
CTCは1972年に創立、日本を代表する大手IT企業だ。事業内容はITライフサイクル全般にわたる。社員の約7割をエンジニアが占め、技術に裏打ちされた高い提案力・実行力を強みとする。
同社はマテリアリティ(重要課題)の1つに「明日を支える人材の創出」を掲げる。具体的には「多様なプロフェッショナルの育成」「互いを尊重し高めあえる風土の醸成」「未来を創る人材教育への貢献」を目指す。横断組織のテクノロジー戦略グループではこれらに基づき、技術戦略と連動した人材施策を推進。2023年度から開始した「学びの場プラットフォーム」について、イノベーション戦略部長の工藤大雅氏は語る。
「学びの場プラットフォームは、当社の各事業グループが独自に進めてきた人材育成やキャリアパス推進の仕組みを全社的に展開したものです。エンジニアが自律的に成長し、市場価値を高められる環境を整え、当社の競争力と付加価値の向上を目指しています」(工藤氏)
学びの場プラットフォームはシステムと運営体制の2つの要素で構成される。システム面ではプラスアルファ・コンサルティングの「タレントパレット」で、スキルや能力開発の情報を蓄積。タレントパレットに「学びのポータルサイト」を連動させ、エンジニアの道標となるモデルキャリアパス、技術力向上に役立つ研修情報、人材ポートフォリオを集約した。そして各事業グループを代表するエンジニアが責任者となり、総勢70人ほどの能力開発推進体制を構築。全社人事主管部門や事業戦略に基づく人材戦略を担う各事業の企画統括部門とも連携している。
スキルを可視化して
自己を磨く学習計画を立案
スキルの定義にはIPA(情報処理推進機構)が体系化を進めたiCD(i コンピテンシ ディクショナリ)を用いた。iCDのタスクディクショナリを基にエンジニアの役割を定義。エンジニアは役割に応じたタスク遂行能力をタレントパレットに登録し、スキルの棚卸しを進めている。エンジニア教育に深く関わるリードスペシャリストの剣持英雄氏は、タレントパレットを選定した理由を語る。
「取り組みの原型は2014年にオープンソースを用いてデータベース化したものです。新たにiCDをベースにしたスキルの棚卸しに取り組むためには、体系化して運用できるタレントマネジメントシステムが必要になります。導入検討時、iCDに対応できる製品は少なく候補が限られていました。実はタレントパレットは当初2番目の候補でしたが、PoC(概念実証)の直前にiCDのサポートを開始したことが決め手となりました。人材データの可視化範囲を細かく制御できるセキュリティー・権限管理機能の高さ、導入時のユーザーサポートの良さも評価しています」(剣持氏)
タレントパレットに入力したスキル情報はレーダーチャートで表示される。エンジニアは全体平均と比較して自らのウイークポイントを認識できる。このデータに基づく能力開発機能によって個々人が学習計画を立案。その際、学びのポータルサイトに用意された7000超の研修カタログから希望のメニューを選べる。
組織管理者は、CTCの代表的なエンジニアの役割を約40種類に分類・定義したエンジニア職種とエンジニアの成長を表す独自指標iCD熟達度の軸で区切られた人材マップから、自部門の人材を俯瞰的に把握できる。工藤氏は「所属長は人材マップを通じて組織横断的に情報を把握できます。これにより、異動してきたメンバーの状況把握や、新プロジェクトにおけるアサイン候補の検討にも活用できます」と語る。
学びを後押しする組織文化と
データの融合に期待
3年目を迎えた学びの場プラットフォームは、着々と成果を生み出しつつある。活動を開始した2023年度の「全社員1人あたり平均研修時間」は昨年度から12時間も伸びた。学びの場プラットフォーム推進課長の馬路真理恵氏は「成長を支えているのは“学ぶ文化”の浸透です。活動を通じて、各組織内で人材育成に対する考え方や学習意識が一層高まっています」と手応えを感じている。
学びの場プラットフォームを核として、年間を通じた「学びのサイクル」を推進しているのもCTCの特徴だ。組織が中長期的にビジネス目標達成に必要な人材数とレベルを具体化した上で、学びの場プラットフォームで個人のスキルの可視化と学習計画を立案。その後はOJT/OFF-JTを通じて上司が学習を支援し、四半期・通期ごとに実績レビューを行う。
「将来のビジネスに必要な人材の成長を支え、適切な人材を配置できることが組織の理想の姿です。その実現に向けて多様な職種定義を活用し、組織独自のキャリアモデルを整備、実践する事例も出てきました。人的資本拡充の観点からも、将来、必要な人材を可視化し、それに応じた能力開発を実践することが会社全体の成長につながります」(工藤氏)
学ぶ文化の浸透には、2019年から始まったエンジニアの社内コミュニティーの存在も欠かせない。部門の垣根を越え、AI(人工知能)や量子コンピューティングといった最先端の技術情報を共有し、相互に高めあう土壌がある。
工藤氏は「タレントパレットによって、人材データを可視化する環境が整いました。今後は、これまで培ってきた柔軟な組織文化とかけ合わせ、人材の成長と活躍をさらに後押ししていきます」と結んだ。技術の精鋭が集うIT企業ならではの科学的な人材戦略は、タレントパレットと非常に相性が良さそうだ。

一人ひとりの“ありたい姿”と組織戦略を結びつけるには、スキルの現状把握が不可欠だ