「あのときよく調べずに決めてしまったけれど、もっと冷静に考えればよかった」と、あとになってから後悔した選択はありませんか?
たとえば、
- インターネットサイトで買い物をしようとしていたところ、大幅割引という文字がパッと目に入り衝動的に購入したが、たいして相場と変わらなかった。
- 会議で最初に出た否定的な意見になんとなく同調してしまい、チャンスを逃してしまった。
こうした場面で、私たちは自分の意思で判断しているつもりでも、「最初に提示された情報」に強く影響されている可能性があります。
このような「最初に提示された情報(アンカー)が基準となって、その後の判断や評価に影響を与える心理現象」を「アンカリング効果」と呼びます。*1
この記事では、ビジネスパーソンが日常的に陥りやすい “アンカリング効果の罠” をひも解き、冷静な判断力を保つためのヒントをお届けします。
アンカリング効果とは?
アンカリング(Anchoring)のアンカー(Anchor)とは船の「いかり」のことで、意思決定の材料となる「情報」を指します。
いかりを下ろした船が一定の範囲から動けなくなるのと同じように、私たちの思考も最初に与えられた情報に縛られやすくなり、そのあとの判断が無意識のうちに方向づけられてしまう――これがアンカリング効果です。
1970年代に心理学者のエイモス・トベルスキー氏とダニエル・カーネマン氏が行なった、アンカリング効果の影響力の強さを示す実験があります。
- 「0〜100の数字が書かれたルーレット」を回し、出た数字によって2つのグループに分ける(実際には「10」か「65」のどちらかしか出ないようになっている)
- その後、「国連でアフリカ諸国が占める割合」を問う
その結果、ルーレットで低い数字(10)を見た人は低めの割合、高い数字(65)を見た人は高めの割合を答える傾向が見られました。
つまり、最初に見た数字がアンカーとなり、そのあとの判断に影響を与えたのです。 *2 と *3 を参考にした
日常に潜むアンカーを例に挙げると、ある商品の価格が「通常19,800円 → いまだけ5,000円」と書かれていたら、「お得!」と感じませんか?
この “19,800円” という初期情報(アンカー)が判断の基準になってしまい、実際の価値が本当に5,000円以上なのかどうか検討したわけでもないのに得だと判断してしまうのです。
ビジネスシーンに潜むアンカーの罠
アンカリング効果の影響を受ける場面は日常生活にとどまらず、ビジネスシーンにも多く潜みます。
1. 会議やプレゼンでも起きている「最初の意見」のアンカー
アンカリング効果は数字だけでなく、「意見」にも作用します。
たとえば、新しい企画について議論する会議で、最初に誰かが「これはちょっと難しいかもしれませんね」と発言したとしましょう。
そうすると、ほかの参加者も「たしかに……」「リスクがありますね」と、自然とその意見に引っ張られ、議論全体が否定的な方向に傾いてしまうことがあります。
ですが、立ち止まって考えてみてください。
最初に「難しい」と言った人は、どんな根拠があってそう感じたのか?
その懸念には具体的なリスクがあるのか?
また、そのリスクを回避できる可能性はないのか?
仮にリスクがあっても、それを上回るメリットがあるのではないか?
最初の意見を疑う視点がなければ、客観的で建設的な判断が難しくなってしまいます。
2. 人間関係にも影を落とす「最初の印象」のアンカー
アンカリング効果は対人関係にも影響します。
たとえば、同僚が「ごめん、1時間遅れそう」と連絡してきたのに、実際には30分で到着したとしましょう。
本来なら遅刻なのに、「思ったより早かった」とポジティブに感じるかもしれません。
これは、最初に伝えられた “1時間” が心理的な基準(アンカー)になったからです。
また、初対面でそっけない態度を取られた相手に対し、「感じの悪い人だな」と思ってしまうと、以降のポジティブな言動にも「裏があるのでは?」と色眼鏡で見てしまうかもしれません。
これも、第一印象が “思考の出発点” となり、以降の情報の受け取り方すべてに影響を及ぼしてしまうからです。
今日からできる「アンカー回避術」
どのような人でもアンカリング効果の影響を受けます。
しかし、「思考力」を鍛えればアンカリング効果の影響は回避できます。
マッキンゼー・アンド・カンパニーの元パートナーで企業変革の支援を行なってきたヘレン・リー・ブイグ氏は、アンカリング効果の影響を回避するには、「警戒心と謙虚さを併せ持ち、クリティカルシンキングのスキルを向上させることである」と述べています。*2
つまり、最初に得る情報を疑う習慣を身につけるのです。
【身につけ方1:仮説と検証を繰り返す】
アンカーに惑わされないよう、「その結論で本当にいいのか?」と疑う癖をつけましょう。
たとえば、あるプロジェクトチームにのパフォーマンスを評価する際に、「目標に向けていい感じで頑張っているから、うまくいきそうだよ」という声を聞いたとします。
そこで安易に「それはすごいね!」と同調するのは禁物。
「いまの段階でどのような成果が出ているのか?」
「どのくらいの進捗があれば、順調だと言えるのか?」
このように、仮説を立て検証することが大切です。*5を参考にした
【身につけ方2:事実と意見を分ける】
アンカリング効果の影響を受けてしまうのは、事実を客観的にとらえられていないからです。
先の例で言えば、「目標に向けていい感じで頑張っている」「うまくいきそう」のどちらも、事実ではなく意見です。
意見は人によって解釈が異なります。
目標に向けての達成率は〇%であり(事実)、いい感じで頑張っている(意見)。
目標に向けての進捗は〇%であり(事実)、うまくいきそう(意見)。
アンカーに触れるときは、このように事実と意見を分けてとらえ、事実だけを冷静に判断する姿勢が大切です。*5を参考にした
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一見無関係に見える情報も、私たちは “最初に得た情報” を無意識に判断基準にしてしまいます。
「それは本当に基準になるか?」と一歩引いて考えるクセをつけることが、損しない・振り回されないための最初の一歩です。
勉強でも、キャリアの選択でも、「最初に見たものがすべて」ではないことを覚えておきましょう。
※引用の太字は編集部が施した
*1 人材アセスメントラボ|フレーミング効果との違いやHR領域での活用方法について
*2 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー|意思決定の障害となるアンカリングバイアスを取り除く3つの戦略
*3 ferret|アンカリング効果とは?マーケティングで使えるユーザー心理を掴むコツ
*4 リクルートマネジメントソリューションズ|クリティカルシンキング(批判的思考法)とは? ロジカルシンキングとの違いや背景、メリットを分かりやすく解説
澤田みのり
大学では数学を専攻。卒業後はSEとしてIT企業に勤務した。仕事のパフォーマンスアップに不可欠な身体の整え方に関心が高く、働きながらピラティスの国際資格と国際中医師の資格を取得。日々勉強を継続しており、勉強効率を上げるため、脳科学や記憶術についても積極的に学習中。