ビジネス会話において、「言ったことが伝わらない」という状況を経験したことがある人はかなり多いと思います。なぜ、言葉で明確にコミュニケーションをしているにも関わらず、こうした齟齬が起こるのでしょうか。大学教員や企業の顧問、セミナー・講演活動などで幅広く活躍し、2024年11月に『うまく話さなくていい ビジネス会話のトリセツ』(プレジデント社)を上梓した株式会社圓窓代表取締役の澤円さんは、その原因を、「会話のゴール(目的)を相手と合意していないから」と語ります。話を確実に伝えるための具体的な会話メソッドを聞きました。
構成/岩川悟 取材・文/辻本圭介 写真/石塚雅人
【プロフィール】
澤円(さわ・まどか)
1969年生まれ、千葉県出身。株式会社圓窓代表取締役。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンターセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員のほかにも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行なうなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。主な著書に『メタ思考』(大和書房)、『「やめる」という選択』(日経BP)、『「疑う」からはじめる。』(アスコム)、『個人力』(プレジデント社)、『メタ思考 「頭のいい人」の思考法を身につける』(大和書房)などがある。
ビジネス会話は「合意」と「定着」で考える
ビジネス会話では、ときに「言ったことが伝わらない」「あのとき言ったはずなのに」といった状況がよく起こります。その原因がどこにあるのかと言えば、会話をする前に、会話の「ゴール(目的)」を相手と「合意」していないことにあります。ここで言うゴールとは、「誰もが同じ受け取り方ができるもの」を意味します。
たとえば、チームメンバーである施策について議論するとしましょう。このとき、ゴールを共有しないままでいると、自由な意見は出るものの、それぞれの意見は散漫になりがちです。結果、話の目的や意図が伝わらない状態に陥ってしまうのです。
しかし、最初にリーダーが「お客様視点の施策」という条件を共有していればどうでしょうか? 自社の利益を優先する意見が出たときに、「それってお客様視点じゃないよね?」「それは自社の視点だね」と判断できて、会話のゴールがブレません。このように、ほかの解釈が入り込む余地をなくすために、最初にゴールを「合意」をしておくのが大切なのです。
数字で表せる情報は、できるだけ「数値化」するのも重要です。よく「月曜日の昼くらいまで」「昨年の倍程度の売り上げ」などと、ざっくり表すことがありますよね? でも、これらは「○月○日の○時まで」「○年度決算より○%増加」というように、明確に数値化するのを習慣にしてください。さもなければ、結局は「言ったはずなのに……」という状態になるでしょう。
繰り返しになりますが、ビジネスをうまく進めるには、そこに関わる人たちが先に「合意」にいたっておくのがとても重要なのです。
そのあとは、みんなで共有したゴールに向けて進んでいくわけですが、ステップごとの中間目標・進捗確認ポイント、いわゆるマイルストーンを設定し、「うまくいっているかどうか」の判断基準も、しっかり「合意」しておきましょう。
つまり、判断基準を共有し、適宜マイルストーンによって状況を判断しながら「定着」させて進んでいく。これがまさにビジネスのプロセスであり、ビジネス会話はこのプロセスを促すためにあります。ビジネス会話は、ぜひ「合意」と「定着」で考えてみてください。
相手に伝わっていない時点で負け
ビジネスにおいて、相手と「合意」がされていないとき、当然ながら時間のロスが生まれます。そして、私は「相手の時間を無駄にすることが、相手にかける迷惑のトップ」だと考えています。なぜなら、お金は補填できますが、時間は不可逆なので、相手に返せないからです。つまり、取り返しのつかない事態につながりかねないということです。
トップビジネスパーソンたちが最も嫌うのは、時間を無駄にすることです。彼ら彼女らは、常に思考がアイドリング状態になっているため、「この無駄になった時間が、もっと世のなかに役立つことに使えたはずだ」という受け取り方をします。誇張されたエピソードだとは思いますが、かつてビル・ゲイツは、会場の導線ミスで5秒ほど間違った道を歩かされたことでも怒ったと言われているほどです。
そこで、もしコミュニケーションの齟齬などで、相手の時間を無駄にしてしまったら、まず「謝る」ことが大切な態度になります。ですが、ここでなかなか謝れない人もたくさんいるようです。それはおそらく、謝るのが負けを意味するととらえているからではないでしょうか?
気持ちはわからないでもないですが、謝らなければいけないコミュニケーションをした時点で、すでに負けています。ビジネス会話で言うと「相手に伝わっていない時点で負け」だということです。
それを「謝る」ことで相手の気を済ませて、まずリセットをかける。そうして初めて、お互いに気持ちよく、次の新しい会話のプロセスへ進んでいけるはずです。
成長できる人は、謝ったあとに「質問」をする
謝ることでリセットしたあとは、相手に「質問」をしてください。たとえば、「なにがわかりづらかったですか?」「いつ頃から理解できない状況でしたか?」などと質問することで、次の会話のプロセスへ相手をスムーズにいざなえます。
質問をすると、相手についての情報が集まりますから、相手の意図を理解したり、原因を特定し再発を防止したりもできます。すると、より効率的に仕事を進めることにつながるので、「質問」はとても合理的なアクションなのです。
ちなみに、質問をすると相手はそれに答えることになります。すると、その答えは相手から出た言葉になるわけですから、相手はあとになってそれを否定できません。相手の発言をきちんと記録しておけば、次のアクションやトラブル時の根拠にできます。こうしたリスクヘッジとしての質問のテクニックも覚えておくといいでしょう。
「知っている」ことは「理解している」ことではない
それでも、「言ったことが伝わらない」ことが多い人は、会話の際にぜひ「絵」を描いてみてください。伝えたいことを図解やマトリクスにしたり、イメージを描いたりすると、言葉だけのときよりも相手に対して確実に伝わりやすくなります。
そして、「絵」を描くと自分自身の思考を整理できる効果も見逃せません。ビジネスにおいて最も危険なのは、「知っているつもり」という状態に陥ることです。実は、頭で「知っているつもり」のことと、「理解している」こととのあいだには、かなりの差があります。
私はよく講座などで、映画『となりのトトロ』のトトロの絵を描いてもらうことがあります。すると、ほとんどの人は、「いったいどこの星からやってきた生き物だ?」というような絵を描いてしまうのです。本物を見せればすぐにトトロだとわかるわけですから、外見を「知っている」はずなのに、「理解していない」状態だというわけです。
つまり、内容を正確に再現できる状態にないとき、それは内容を理解していないことに等しいのです。そんな理解度の状態では、まして他人に伝わるはずがありません。
「言ったことが伝わらない」のは、実はあなたが伝えたいことについて、正確に、精密に「理解していない」と見ることができるのです。
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