「得意なこと」の見つけ方はもとより、「得意なこと」を仕事につなげていく方法がわからない場合もよくあることです。どうすれば、「得意なこと」をうまく活かし、新しい仕事を生み出すことができるのでしょう。元日本マイクロソフト株式会社業務執行役員で、現在は株式会社圓窓代表取締役を務める澤円さんは、「たったひとりの自分にこだわらずに、まるで自分の分身のような、『機能としての自分』をたくさんもつことが大事」であると語ります。機能としての自分を表す「エイリアス」の考え方や、行動スピードが上がる「OODA」理論、過去にヒントを探す「ライフラインチャート」など、「得意なこと」を活用するための具体的な方法を教えてくれました。
構成／岩川悟 取材・文／辻本圭介 写真／石塚雅人
【プロフィール】
澤円（さわ・まどか）
1969年生まれ、千葉県出身。株式会社圓窓代表取締役。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト（現・日本マイクロソフト）に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンターセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員のほかにも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行なうなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。主な著書に『うまく話さなくていい ビジネス会話のトリセツ』（プレジデント社）、『メタ思考 「頭のいい人」の思考法を身につける』(大和書房)、『「やめる」という選択』（日経BP）、『「疑う」からはじめる。』（アスコム）、『個人力』（プレジデント社）などがある。
機能として動かせる自分の「エイリアス」
僕はいま、「エイリアス」という概念を活用して、自分の働き方や生き方のスタイルをつくっています。エイリアスとは、別名や通称、macOSであればリンク機能を指す言葉です。僕にとってエイリアスとは、様々な場所に存在する「自分の名前をまとう分身」のことなのです。
たとえば、会社にいる自分、仕事をする自分、家庭での自分、コミュニティに属する自分……というように、本体はひとりでも、自分をたくさんの分身としてとらえる考え方です。
ここでのポイントは、それぞれの分身を「たったひとりの自分」という人格や個性、アイデンティティと同一化させる必要はないことにあります。そうではなく、自分の分身をずらりとそろえて、好きなときに、好きな場所で、好きなように、「機能」として動いてもらうイメージです。
僕は現在、企業や社団法人のコンサルティング、大学の専任教員、講演やプレゼンテーション、対談やＭＣ、執筆など、毎日の仕事がいわばエイリアスだらけで成り立っています。内容によって、「テクノロジーに詳しい人」「マネジメントに詳しい人」「プレゼン（話し方）に詳しい人」「多拠点生活をしている人」となり、他者に与える印象がまったく違うケースもあり得ます。
また、ひとりで過ごす時間が好きなので、プライベートでは “ぼっちエイリアス” もフル稼働しています。これらのエイリアスを、たとえば「テクノロジー×多拠点生活」「ぼっち×多拠点生活」というように自由にかけ合わせていけば、話す内容や他者に貢献できること、醸し出す雰囲気もがらりと変わります。
こうした「機能としての自分（エイリアス）」が、仕事や「得意なこと」をリ・デザインしていくときに、有効に活用できると考えています。
自分のなかの「当たり前」をリ・デザインする
「得意なこと」のリ・デザインに、エイリアスの概念を重ね合わせると、「得意なこと」はいくつあってもいいと考えられます。飛び抜けたひとつの「得意なこと」を目指すのではなく、エイリアスをかけ合わせて、なんでも「得意なこと」にしてしまえばいいのです。
僕の知人であるキャリアコンサルタントの三宅弘晃さんは、そのユニークなかけ合わせで「得意なこと」を生み出しているひとりです。彼はキャリアコンサルタントの国家資格をもち、個別面談やセミナーなどをしながら、フリーのカメラマンとしても活動しています。
それは一見、副業のようにも見えます。でも、彼がユニークなのは、個人のコンサルティングを行なうときに、「自分コンテンツ化」づくりの一環として、「アイコン写真を起点にしたイメージ戦略」を展開している点です。つまり、キャリア心理学に撮影技術という「得意なこと」をかけ合わせて、唯一無二のアプローチを生み出しているわけです。
このように、「得意なこと」をつくるポイントとして、自分では「当たり前」と思っていること（能力、スキル、趣味嗜好）をとらえ直し、世のなかが求めるニーズを「観察」していく視点が大切になります。
「得意なこと」探しを「OODA」で高速化する
「得意なこと」の組み合わせを考えるときは、ぜひ気軽に楽しんで行なってほしいと思います。「このエイリアスが使えるかな？」「あの体験をもったエイリアスをプラスするとおもしろいかな？」と、自由な組み合わせを、実際に行動しながら探っていくのがコツです。試行錯誤しているうちに、自然といろいろな組み合わせができるようになっていきます。
このとき僕は、「観察」のプロセスを重視します。ビジネスにおける意思決定と行動に関する理論に、「OODA（ウーダ）」というものがあります。「Observe（観察）」「Orient（状況判断）」「Decide（意思決定）」「Act（行動）」の頭文字をとったフレームワークで、この「OODA」のアプローチが、変化が速いいまの時代にマッチすると見ています。
一般的には、「PDCA」がよく知られますよね。ただ、「Do（実行）」の前に「Plan（計画）」を立てていると、多くの場合、つい質の高い準備をしようとして、時間だけがどんどん過ぎ去りがちです。また、じっくりと計画を立てて行動すると、失敗したときに、その分ダメージが大きくなります。
僕が会社員時代によく見聞きした「PDCAあるある」は、クライアントが社内ITシステムの入れ替えを検討するときに、延々と計画を立て続けて、その間にどんどんOSのバージョンが合わなくなっていくという笑えないパターンでした。「計画」ばかりが大きくなって、肝心の世のなかの動きを「観察」できなくなり、「行動」が遅れる典型例です。
これは、自分の「得意なこと」探しにも当てはまります。そこで、自分を対象にして「OODA」を回していくと、「得意なこと」の “種” を素早く「観察」して見つけ、「行動」で試していくことにつながります。そうして、行動の結果をまた観察していくサイクルを高速で回していくほうが、より素早く前進できるのです。
ライフラインチャートで、過去の小さな「点」を未来へつなぐ
「得意なこと」を探すときに、過去の経験や出来事に手がかりが見つかることもあります。本来の自分のかけらが、過去の出来事のなかに埋もれたままになっている場合があり、それらに気づくことが、自分を「再発見」することにつながり得るからです。
そんなときに役に立つのが、「ライフラインチャート」というツールです。過去の様々な出来事や自己成長のタイミング、価値観の変化などを、そのときの自分が感じた「幸福度」を尺度にして振り返るものです。
上記は、僕のライフラインチャートです。チャートをつくるときのポイントは、あくまで主観的に描くこと。にあり、「そのときなにを思ったのか？」という自分の気持ちに対して正直になることです。
そして重要なのが、むしろ小さな過去の体験や出来事という「点」を探索することです。たとえば、僕の最初の「点」は、高校時代にアメリカへホームステイに行った（1）経験でした。このときホストファミリーが温かく迎えてくれて、その家がとても居心地のいい場所だったので驚いたという出来事があったのです。
僕はこの体験で、「他者を頭ごなしに否定しないこと」「リスペクトをもって人と接する姿勢」などを学び、それ以降の人生を豊かに培っていくための土台をつくれました。また、その姿勢は、僕のプレゼンのスタイルに大きな影響を与えています。
このように、「得意なこと」がなかなか見つからないときは、過去の小さな「点」に注目すると、自分についての大切な気づきを得ることができます。過去の「点」を、主体的に未来へとつなげていく――。そんな未来志向のチャートを描けるのは、あくまであなただけなのです。
【澤円さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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