「女性社員の先駆けになる」 機械工学を学び、鉄道会社で自動運転の実現を目指す

2025/05/22

■理系女子の未来

電車に乗ると、女性運転士の姿を見たり、女性車掌によるアナウンスを耳にしたりする機会が増えています。しかし、鉄道業界はほかの業界に比べると、女性比率が低いのが現状です。大学で機械工学を学び、「女性社員の先駆けになる」と覚悟を持って鉄道会社に就職した女子のケースを紹介します。(京王井の頭線1778編成<自動運転設備搭載車両>と林知佳さん、写真=本人提供)

女子校から工学部へ

京王電鉄の鉄道事業本部車両電気部の林知佳さんは、2025年度で入社5年目。現在は井の頭線の自動運転(ワンマン運転)の実現に向けて、車両を改造する部署に所属しています。

自動運転設備搭載車両は、既存の車両に自動で加減速・停止できる装置を搭載。これによって、運転士のボタン操作ひとつで出発や、車両扉・ホームドアの開閉ができ、駅ホームの定位置に自動的に停車させることが可能になります。京王電鉄では、2025年3月中旬から自動運転設備を搭載した井の頭線1778編成で自動運転の実証実験を開始しました。自動運転化工事については、井の頭線では20年代後半、京王線では30年代中頃の竣工を目指しています。

林さんは現在の仕事についてこう語ります。
「車両や搭載している機器のメーカーと協議を重ねながら、仕様を決定していくのが主な業務です。機器を動作させる仕組みや専門用語について、メーカーの方や先輩社員は当たり前のように話していても、私にはまだまだわからないことが多くて大変です。でもちょっとした認識のずれが、人の命に関わるかもしれないという意識は常にあるので、わからないことは放置せず、必ず『もう1回説明していただけますか』と確認するようにしています

先輩社員と、仕様書(PC画面)をもとに車両の機能確認を行う

 

林さんは、幼いころから交通機関で働きたいという夢がありました。父親の海外転勤などで飛行機に乗る機会が多く、特に航空整備士に興味を持っていました。

「飛行機の機体は好きでしたが、乗るのは怖くて苦手で、同じような思いをしている人に寄り添えるような仕事をしたいと思っていました。また、東日本大震災のときに鉄道会社の人が夜通しで復旧作業をしている姿をニュースで見て、航空会社だけではなく、交通機関全般に興味を持つようになりました

高校卒業後の進路については、航空系の専門学校に進むことも考えましたが、より選択肢が広がりそうな工学院大学工学部機械工学科へ進学しました。ただ、機械工学科の学生の女子比率は1割にも満たない程度で、女子校出身の林さんは入学当初、なじむまで時間がかかりました。

「女子というだけで目立つので、こちらはほかの学生の名前と顔を全然覚えていない時期なのに、周りは自分のことを知っているような状況でした。でも、クラスが一緒だったり、履修する授業が重なったりして、顔を合わせる機会が多い男子学生とだんだん話せるようになり、仲良くなっていきました。また、女子が少ない分、女子同士の結束力は強かったと思います」

流体力学の研究室は女子学生1人

4年次からは「スポーツ流体研究室」(現在は熱流体力学研究室)に所属し、熱エネルギーの輸送効率を向上させるための研究に取り組みました。

「金属の表面にどのような撥水加工をすれば、沸騰までの効率がよくなるのかを研究しました。撥水加工の模様を少しずつ変えて実験する地道な研究で、気が遠くなりそうなときもありました」

同じ研究室に所属した同級生は、林さん以外、全員男子学生でした。

3年生に進学するころには、周りは男子学生ばかりという環境に慣れていたので、全く問題はありませんでした。研究自体は1人で取り組む時間が長いのですが、思うように成果が出ないときには仲間と愚痴を言い合いながら、楽しく過ごすことができました」

卒論というゴールに向けて、日々研究に励むなかで、忍耐力が身についたといいます。
「大学で学んだスキルが現在の仕事に直接的に生かされる場面は少ないですが、卒論の研究であれだけ頑張ることができたのだから、今の仕事で大変なことがあっても絶対乗り越えられると自信がつきました

卒論研究。マスキングテープをカットし、実験パターンごとの模様を作製(左)。沸騰時の挙動を観察し、マスキングテープで作製した模様通りに泡が付着していることを確認する(右)

 

就職活動をした時期は、コロナ禍で航空会社の採用が少なく、鉄道会社に絞って活動し、京王電鉄への就職を決めました。
「大学では鉄道について学んできませんでしたが、機械工学の基礎は身についているので、入社してから、鉄道特有の知識や技術を抵抗感なく習得できています

1778編成運転台で車両の機能確認を行っている

「女性社員の先駆けになりたい」

林さんは入社して1年間、研修期間として駅係員や車掌も経験しました。その後、検車区で車両の修理、点検を担当し、現在に至ります。

「車掌をしていたときには、親がこっそり見に来ていたようです。実は航空整備士になりたいと伝えたときも、工学部に進学したいと伝えたときも、親には反対されました。両親ともに文系なので、女子が工学部に行くイメージがなかったようです。『航空整備士ではなく、医療系に進学したら』と言われたこともありました。でも最終的には私の意思を尊重してくれて、今も陰ながら応援してくれています。親には心配をかけましたが、自分の意思で進路を決めてきたおかげで、壁にぶつかったときにも頑張り抜くことができていると感じています

林さんが所属する車両電気部は、女性が1割弱。大学時代と同じような男女比ですが、近年、車両電気部に配属される女性社員は増加しています。

「やはり大学で慣れているので、大きな苦労はありません。高い位置にある機器を操作するような場面では男性社員にフォローしてもらうことはありますが、それ以外はいい意味で女性扱いされることはなく、こちらも気後れすることなく仕事ができています

車両床下機器の取り付け状態を確認

林さんは、「女性社員の先駆けになる」というのが、入社時の目標でした。

技術系の車両電気部は、事前に女性社員の情報があまりなかったので、自分自身が先駆けになろうという覚悟を決めました。でも入社したら、時短勤務で育児と両立しながら仕事をしている女性社員もいることがわかって安心しました。私もいろいろな働き方があることを後輩社員に示していきたいです」

今後の目標は、「人手不足や人件費の削減など、鉄道会社が抱える課題を技術面から解決していくこと」、そして「仕事とプライベートを両立させて女性社員のロールモデルとなること」です。交通機関で働きたいという幼少期の夢に向かって、まっすぐ突き進んできた姿は、同じ道を目指す後輩たちにとってすでに、心強いロールモデルとなっています。

工学部の機械・電気系の学科では、鉄道に関することを学べる場合があります。工学院大学工学部電気電子工学科にも鉄道をテーマにした研究室があります。大阪産業大学工学部は2025年度から再編されてシステム工学部になりました。システム工学科は「鉄道工学コース」「自動車工学コース」「交通システムコース」など7つのコースに分かれており、「鉄道工学コース」は、鉄道車両の設計などが学べる日本で唯一のコースです。鉄道の基礎とともに、鉄道車両の工場見学などもできるフィールドワークを通して実践的な学びが可能です。日本大学生産工学部には鉄道工学リサーチ・センターがあり、鉄道研究や鉄道を核とした地域のまちづくりへの貢献、鉄道技術教育などを行っています。名城大学理工学部交通機械工学科は、機械工学の基礎を学んだのち、自動車、航空、鉄道、船舶といった交通機械のメカニズムなど、乗り物に関する幅広い知識を身につけることができます。

 

>>理系女子の未来

(文=中寺暁子、写真=本人提供)

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【写真】鉄道車両の機能確認を行う女性社員

先輩社員と、仕様書(PC画面)をもとに車両の機能確認を行う
先輩社員と、仕様書(PC画面)をもとに車両の機能確認を行う

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