東京理科大学の創域理工学部は、理学・工学の10学科が融合・連携し新たな領域と価値を創造することを目指し、2023年度に「理工学部」から改称された。志望者は学部4年間と大学院修士課程2年間を一体化した「6年一貫教育カリキュラム」を選択でき、大学院ではさらに他専攻の研究室と共に研究を進める「横断型コース」と、自分の専門性を深める「専門深化型コース」を選ぶことができる。今回は「横断型」の8つのコースの中の一つ、「防災リスク管理コース」で教鞭をとる3人の教員に、創域理工学部の学びの特徴や、都市防災を担う人材への期待などを聞いた。(写真=左から社会基盤工学科・二瓶泰雄教授、建築学科・大宮喜文教授、建築学科・永野正行教授)
◆最初の3年間で基礎を学び、後半の3年間で選んだ専門性を深める
――まず最初に、それぞれのご専門を教えていただけますでしょうか。
二瓶泰雄教授(以下、二瓶) 私は、河川災害の防災・減災が研究テーマで、とくに近年増加している大雨や台風などによる水害を減らし、人々の安全・安心な生活を守るためにはどうすればよいか、という研究をしています。
永野正行教授(以下、永野) 私は建物の構造分野で、大地震発生のメカニズムから、建物に発生する揺れ、さらに室内の被害に至るまでの一連の流れを専門に研究しています。近年は超高層マンションの揺れや室内被害についての研究にも取り組んでいます。
大宮喜文教授(以下、大宮) 私は、ものの燃え方や煙の拡がり方、火災時の避難行動などについて研究しています。近年は、SDGsに関連して大規模な木造建築物が増えつつありますが、その火災安全上の課題にも取り組んでいます。

――創域理工学部の学びの特長について教えていただけますか?
大宮 本学の中で最も大きい学部であった「理工学部」は創設50周年を迎え、2017年に学科・専攻を跨いだ幅広い分野の知識を融合しながら価値のあるスキルなどを身につけることができるよう、大学院である「理工学研究科」に「横断型コース」を設置しました。そして2023年度から、新たな領域と価値を創造するというビジョンを明確にするため、「創域理工学部」、「創域理工学研究科」と改称しました。学部では10学科、大学院では11専攻の学生や教員が、学科・専攻や分野の枠を超えてつながり、教育や研究に取り組んでいます。
永野 大学4年間と大学院2年間の6年一貫教育のカリキュラムがあることも特長といえるでしょう。例えば建築学科だけでも、設計、構造、環境、防災、歴史、都市計画など、学ぶべき領域は非常に幅広いものです。まずは最初の3年間で建築の基礎を幅広く学びながら自分がどの専門分野に進むべきかを見極め、後半の3年間で専門性を深めていく教育システムとなっています。
二瓶 1年次に学部全員が受講する「創域特別講義」では、10学科の研究室などを紹介し、創域理工学部全体と各専門分野の特徴、それぞれの関係性などを理解してもらいます。そういう学科間の交流が持てるような授業が初年度からあることも、当学部の特長だと思います。
◆学科や分野の枠を超え、都市防災を実践的に考える
――「防災リスク管理コース」ではどんな学び、研究をされているのでしょう。
大宮 「防災リスク管理コース」では、地震、火災、洪水など、さまざまな災害リスクを理解、評価し、専門分野の枠を超えて都市空間の災害に関わる防災やリスク管理について教育や研究を行っています。野田キャンパスは敷地が広いこともあり、先端的な研究を行うための実験施設が充実しています。例えば、火災や水害などの実験を縮小レベルから実物大レベルに近い条件まで行える環境が整っています。教科書で学ぶことも大事ですが、実際に見て、聞いて、触れるなど、五感を使って得られる経験は非常に有意義だと思います。
永野 当コースでは、民間企業や国土交通省などと連携してのセミナーや学外実習、学生が英語でプレゼンテーションする研究発表会などを行い、複数の専攻の学生たちが議論を交わしたり、情報交換したりする場も多くあります。さらに、建築と土木に関わる教員が中心となり、都市防災の全体像を把握するための「都市防災がわかる本」を刊行し、学生たちの教科書としても使用しています。

二瓶 都市で生活する人々にとって、災害は一つではありません。日本は地震も洪水も多く、火山噴火の可能性もある。都市では建物が密集していて、火災が起こったら大規模な被害につながる可能性もあります。学生たちが、そのような都市災害を総合的に学び、対策を考えていける素地を作れるよう、各専門分野の教員が密に連携しながら取り組んでいます。

◆他の領域を知ることで、自分が進むべき道が明確になる
――学科の枠を超えて多面的に学ぶことで、学生たちが得るものとは何でしょうか?
二瓶 私は、学びには2種類あると思っています。一つは、自分が専門とする分野を深く追究する学び。もう一つは、専門外のことについても広く浅い知識を得る学び。「聞いたことあるよね」というレベルでも、さまざまな知識を得ておくことは重要だと思うのです。例えば、東日本大震災では人々の予想をはるかに上回る大津波が起こり、火災も起こりました。100年前の関東大震災でも、地震そのものより、その後の火災で多くの人が亡くなり、津波やデマが原因で亡くなった人もいたと言われています。このように、発端は地震でも、その後の複合的な要素も災害には大きく関わります。もしも今後、さらに予想もつかないような災害が起こったときに、それについて「聞いたことがある」という情報や知識が役立つこともあるかもしれません。多面的に学ぶことの意義は、そういうところにあると考えています。
大宮 一般的に、大学では他学科の学生と一緒に学ぶ機会は多くはないでしょう。しかし、自分の専門と異なる理学系、工学系の仲間と共に学び、情報共有できることは非常に大事だと思います。そういう横のつながりを持つことで、学部全体の中で自分が学ぶべきことを客観的に見られるようになると思うからです。これからの社会では、そのように自分を俯瞰しながら見て、自分の行っていることの位置づけを確認できるようになることが大切であると思います。
永野 私は以前、建設会社で働いていたのですが、当時は専門外の人の話を聞く機会はあまりなく、「建物は地震に耐え、人の命さえ守ればいいだろう」と考えていました。でも、建物への浸水や火災など、多様な災害を考えると「建物が崩れさえしなければいい」などと悠長なことは言っていられません。浸水したらどう処理するか、火災が発生したらどう逃げるか、そこまで考えることが必要だと、私はこの大学に来て実感しましたし、学生たちにも理解してもらいたいと思います。もっと言えば、理学、工学系だけでなく、避難生活等も含めて考えれば、医療・福祉系も欠かせませんし、災害の歴史をひも解くには文系の要素も必要になります。都市防災には幅広い分野の協働が必要だということを、今、私自身も学生と共に学んでいるところです。

◆災害は複合的に起こる。万が一を想像し、協働できる力を
――最後に、これからの都市防災を担う人材として学生たちに望むことは何か聞かせ下さい。
永野 都市防災という大きな枠組み全体の中で、どのような役割を担うのか、自分の立ち位置をしっかり把握できる人になってもらえたら、と思います。例えば、私の研究室からはゼネコンの設計部などに就職する人もいますが、建物の設計を考えるときに、大学時代に学んだ防災の知識や経験を反映したり、防災について議論したりと、多面的な視野で都市防災に貢献できる人材となってくれることを期待します。
二瓶 学びの場では、学生たちが自主的に考え、動ける環境づくりが大事だと思っているのですが、当コースの学生を見ていると、都市防災で社会をよくしたいという共通認識が自然に身についていると感じ、心強く思います。今後、私たちの想像を超えるような災害が起こったとき、想定外の出来事にも柔軟に対応できる「基礎力」や「突破力」を身につけてもらいたいと考えています。防災への関わり方はさまざまで、例えば地域の住民や企業と防災をつなぎ、防災の重要性や防災対策を伝えていく役割も重要だと思っています。そういう、取りまとめ役となるような人材が育ってくれたらうれしいですね。
大宮 都市防災とは、複合的な災害に対する防災と言い換えることができます。先ほども話に出たように、地震の後に洪水、洪水の後に火災など、災害は連鎖的に起こることがあるため、こういう災害が起きたらその次にどうなるか、そこでどんな対策が必要かと、しっかりイメージできる人になってほしい。その上で、災害と災害をつなぎ、それを対策につなげる力をつけることが重要です。防災は一人でできることではないので、必要な知識や技術、経験を持つ人とつながる力、つなげる力も必要だと考えています。
<詳しくはこちらへ>
https://www.tus.ac.jp/academics/faculty/sciencetechnology/
(取材・文/出村真理子 撮影/篠田英美 制作/朝日新聞出版メディアプロデュース部ブランドスタジオ)

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