教員の仕事は多岐にわたる。
そして、その仕事は基本的に我慢の連続なのだ。
授業だけをしていればよいという仕事でもない。授業で勝負できなければ教員としてはあまり望ましくはないが、授業だけで自分の価値が、仕事がすべてに認められると考えるのは傲慢だろう。
また、そもそも学校という場で授業をするということは、日常の学校生活があってこそ、その文脈で授業を考えていくものである。子どもたちの学校生活に興味を持たないで授業することなど、自分が教えたいことを強弁すれば教えたことになると考える思い上がりなのだ。
学校で教えるということを続けようとするならば、教員として丁寧に日々を紡がなければいけない。そのためには、事務作業についても抜け漏れなく、そつなくこなす必要があるし、トラブルが起こったときに冷静に一つ一つ切り抜けていく力量が必要なのだ。
そして、いざという時に自分を支えてくれるものは、日常の所作である。
日常の振る舞いが教員としてやっぱり疑問符がつくようなことをやっていると、そういういざという時に復讐されるのだ。