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ドコモはなぜ住信SBIネット銀行を買収するのか

NTTドコモが、ネット銀行大手の住信SBIネット銀行を連結子会社化する。ドコモはSBIホールディングスが持つ住信SBIネット銀行株式の34.19%と、一般株主が持つ31.62%を取得し、ドコモの持株比率は65.81%となる。ドコモは住信SBIネット銀行をグループに迎え入れ、銀行業へ本格参入する。

買収の概要は、別記事に記載しているが、銀行業参入により、銀行口座と決済・証券等のドコモの金融サービスを一体的に提供。スマートフォン1つで貯金、決済、投資、保険、融資、ポイントに至るまでを一気通貫で利用できるようにする。そのうえでおトクな体験や、データの活用、ドコモの販売チャネルを使った新たな顧客獲得などを目指す考えだ。

この買収はドコモとしては念願のものだ。通信事業者は、各社とも金融サービス連携を強化しており、KDDIはauじぶん銀行、ソフトバンクはPayPay銀行、楽天は楽天銀行を有している。

NTTドコモは、非通信の「スマートライフ事業」を強化しており、マネックス証券やオリックス・クレジットを子会社化しているものの、金融サービスの核となる「銀行」が足りなかった。既存の銀行業においても、ネット銀行だけでなく、メガバンクによる積極的なデジタル投資が見られる中で、“後れ”を取っていたドコモがネット銀行大手の住信SBIネット銀行を取得した形だ。

24年にドコモ社長に就任した前田義晃社長は、就任当初から「銀行は金融サービスの起点になる」として、銀行の必要性を強調していたが、ドコモとしては金融サービスで戦う形を整えたこととなる。その狙いについて、29日の記者会見やこれまでの取材からまとめた。

なぜドコモに銀行が必要なのか

ドコモでは、非通信の「スマートライフ事業」を強化しており、金融サービスはその軸になる。例えば、「d払い」は年々拡大しているが、加盟店向けのサービスを強化するためには、資金移動用に銀行口座を使うため、ここで支払いサイトを短くするなどの優遇施策などを実行するには銀行が必要となる。銀行を持たない場合、エコシステムに銀行を組み込んだ他社に対して、競争上不利になるというわけだ。

同様に、証券においても資金移動が必要で、金融サービス全体を強化するには、「銀行」の機能は必須になってくる。

ドコモ銀行業参入による狙い

昨今のトレンドとして、銀行・証券などで機能分離するのではなく、金融サービスが全体で競争力を高めているため、金融事業を強化するにはその「起点」としての銀行が求められる。24年の社長就任以来、ドコモ前田社長が繰り返し語ってきた部分だ。

今回の子会社化により、デジタルバンク事業における口座数伸長、メインバンク化に伴う預金残高拡大による成長などのシナジーを実現。ドコモの顧客基盤やリアルとデジタル接点を活用したサービス提供により、銀行口座獲得や住宅ローン市場での競争力強化、ドコモと連携した金利優遇商品などを強化していく。

ドコモの事情は、金融サービスの拡大と経済圏の拡大といえるが、住信SBIネット銀行の事情はどうか? テクノロジーや住宅ローンに強みを持ち、SBI証券との強力なシナジーを元に、825万の口座を獲得してきた。一方、巨大な経済圏を持つライバル銀行が増えてきており、ネット銀行としてSBIグループだけの連携では、顧客基盤の拡大に限界があった。そのため同行では、銀行サービスをパートナー企業に提供する「BaaS」を強化してきた。

実際、住信SBIネット銀行の新規顧客獲得の7割はBaaS経由となっており、アライアンスでの成長を続けている。ただし、メガバンクもデジタルバンクを強化しており、「次の一手が必要だった」(円山社長)とする。そこで、ドコモの販売ネットワーク、法人網、クレジットカード、ポイント事業などを提携で手に入れることで、さらなる成長に繋げられ、「非常に良いタイミング」とした。BaaS事業についても、ドコモの法人展開に期待しているという。

そのうえで、SBIとの資本関係はなくなるものの、SBIとの提携関係は継続していく。「その枠組(NTTの出資)が決まったことが最大のポイント。我々にとってはプラスの効果しかない」という。

今後の具体的な施策については、取引が完了する11月以降にスタートする見込みだ。そのため、例えば住信SBIネット銀行の特徴である「SBIハイブリッド預金」がどうなるのかや、サービスの連携などについての具体的な決定事項はない。

ただし、発表会中ではドコモの「dアカウントが使いにくい」という声と、それが住信SBIネット銀行に適用される可能性についての質問もなされた。ドコモ前田社長は「皆様から(dアカウントについて)多くの指摘をいただいている。反映させるべく検討開発している。住信SBIネット銀行のUI/UXは素晴らしいので、それらを自分たちのサービスにうまく反映していきたい」とdアカウントの改善に言及した。実際にdアカウントが組み込まれるかはまだ未定だが、UI/UXの改善には住信SBIネット銀行のノウハウを活かしていく。

なお、ドコモでは三菱UFJ銀行のBaaS機能を使った「dスマートバンク」も展開している。住信SBIネット銀行との重複事業になるが、今後の展開については「現時点で決まったものはない」(ドコモ広報)としている。

課題となった「証券」競合 滲む親会社の意向

この提携については、一度見送りになったとも報じられている。実情はわからないが、記者会見においても交渉過程において、様々な課題があり、その調整に追われたことは言及されていた。

大きな課題になっていたのは、証券での競合関係、そしてSBIの資本が抜けたあとの銀行サービス展開への不安だったようだ。

取引完了後、SBIグループと住信SBIネット銀行の資本関係はなくなる

ひとつは、競合となるドコモ子会社のマネックス証券とSBI証券の関係だ。これまで住信SBIネット銀行はSBI証券との強いシナジーを活かして成長してきた経緯がある。北尾会長が認めるように、先行して成功したSBI証券の連携を最大限に活かし、ハイブリッド預金などの機能を開発、成長してきたのが住信SBIネット銀行だ。そうしたシナジーがあるからこそ、住信SBIネット銀行を使っているという利用者も多い。

ドコモが連結子会社することで、マネックス証券を最優先すると、顧客への影響も懸念される。そこで、NTTとSBIホールディングスは、「公平かつ公正に両社を扱い、顧客中心主義に基づき顧客の利便性を損なわない」ことで合意したという。つまり、既存顧客へのサービスに悪影響が及ばぬよう配慮し、マネックス証券への強制的な移行などは控えるというものになる。

ドコモ前田社長は「いまのお客様が不便になっていくというのはありえない。変わらず便利にお使いいただけるよう機能提供する。マネックス証券も我々にとって重要な機能をもっている。マネックスとしての機能を提供する機会も作っていくが、まずはお客様第一の機能提供を続けていく」とした。

証券は「公平かつ公正に両社を扱い、顧客中心主義に基づき顧客の利便性を損なわない」

また、従来もSBI証券でdポイントを使えるなどドコモとの関係はあった。今回NTTとSBIホールディングスの資本提携にあわせて、SBI証券とドコモの関係も強化し、dカード積立投資などを進める。SBI HDとしては、三井住友FGのOliveにおけるSBI証券のように「アライアンス」が成長につながってきたため、その枠組をドコモにも当てはめたという形だ。

また、住信SBIネット銀行側から強調されていたのが、NTTによるSBI HDへの出資だ。住信SBIネット銀行とSBI HDの資本関係はなくなるものの、NTTがSBI HDに出資することで継続的な提携関係を維持する狙いがある。このため、NTTはSBI HDの第三者割当増資を引き受け、約1,100億円を出資することとなった。

住信SBIネット銀行は、20年間SBIグループで成長してきたサービスであり、「証券と銀行の連携は徹底的にやってきた」(SBI HD北尾会長)と語るように、グループ内でのシナジーも大きい。資本関係の上では、SBIグループから離脱することになるが、SBIとのシナジー維持は確保する必要がある。そのため、SBI HDにNTTの資本が入ることで、銀行サービスを連携させる意義が残されるという形だ。SBI HDの北尾会長は「一体化の感覚を持ち続けることが重要と考えた」とする。加えて、ドコモのメディア事業とSBIが新たに立ち上げるメディア事業でも提携していく意向だ。

そのうえで、総額4,200億円という買収額は「株主も十分納得いただける価格提示をいただいた」(住信SBIネット銀行 円山社長)と高い評価と受け止めており、課題が整理されれば、買収を止める理由はなかったという。

今後、住信SBIネット銀行からSBIの資本が抜け、ドコモの連結子会社となる。社名変更なども予想されるが、取引完了後の社名については、「現時点で決まったものはない」(ドコモ広報)としている。

超大手による銀行競争時代に?

金融サービスと経済圏を強化していきたいドコモと、ドコモの販売網を活用して事業拡大したい住信SBIネット銀行という両社の意向が合致し、連結子会社化へ進むこととなった。

また、NTTとSBI HDの資本提携には、資産運用・セキュリティトークン・保険分野などの金融関連のほか、メディア事業、NTTデータによる、金融サービス事業を運営しているSBIグループ各社向けのシステム開発なども含まれており、それぞれの親会社における思惑も節々に感じさせる内容になっている。

通信事業者による金融サービス強化が進み、ドコモもいよいよ本格的に銀行業に参入した。また、SBIも関連する三井住友FGの「Olive」はPayPay/ソフトバンクと連携し、27日には三菱UFJによる「エムット」やデジタルバンクが発表されるなど、メガバンクによるデジタル展開も活発化している。

銀行/金融サービスにおいては、今後大きな変革が見込まれる。今回のドコモによる銀行参入の成果は、取引完了後の11月以降に具体化してくるはずだ。

臼田勤哉