ヤマハ発動機が大黒柱とする二輪で有望なインド市場。王者・ホンダとは違うプレミアム戦略で市場への浸透を狙う。差異化の鍵は、コネクテッドなどを軸にしたデジタル技術と、人間の感性を刺激する製品の開発だ。二輪に続く柱のマリン分野でもプレミアム戦略を磨き、感動創造にまい進する。
(聞き手は 本誌編集長 熊野 信一郎)
ヤマハ発動機の「コア事業」である二輪について、市場環境やその変化をどう見ていますか。
現在、二輪車の新車販売台数は世界でおよそ年5500万台といわれており、すでに成熟市場と言っても過言ではありません。そんな中で唯一、伸びしろがあるのがインドです。インドだけで年2000万台ほどの需要があり、南部のいくつかの州を合わせただけでも、東南アジア諸国連合(ASEAN)全体の需要を上回ってしまうほどです。
足元では米トランプ政権の関税政策など、世界経済の混乱による影響は受けているものの、インド市場における二輪需要は底堅く、年3000万台ほどまで成長すると我々は見ています。インドで先行するホンダは、他メーカーが通常のバイクを売り出そうとしていた段階で低価格帯のスクーターに経営資源をつぎ込んで、大ヒット商品になりました。しかし我々が全く同じことをしても意味がない。我々が戦略として掲げているのが、「プレミアム戦略」です。
あえて高価格帯で勝負挑む
「プレミアム戦略」とは具体的にどんな戦略でしょうか。
一言で言えば、付加価値の高い商品を売り出し、あえて高価格帯で勝負しようという戦略です。低価格帯と呼ばれている二輪車は大体が5万〜7万ルピー(約8万3500~約11万7000円)ほどです。我々のプレミアム戦略ではその3倍くらいの価格設定をしています。その分、保守コストも高くなるので収益性がぐっと上がってくる。
なぜ我々は高価格帯で勝負するのか。インドというエリアや二輪事業に限った話ではありませんが、マーケティングにおいて重要なのは、その国の人口動態や可処分所得と世代ごとのニーズです。

ご存じのようにインドの経済成長には目を見張るものがあります。同時に人々の暮らしも劇的に変わってきている。これまでは二輪に日常の足としての機能が備わっていれば満足してもらえました。しかし収入が増えて選択肢が広がり、新たな機能や品質、ひいては信頼を求めて付加価値にお金を払う人々が増えてきているわけです。
私がインドで現地法人社長を務めていた当時、現地ではダイキン工業のエアコンやソニーのテレビ「ブラビア」の人気ぶりが強烈だったことを覚えています。ローカルブランドより価格が何割か高くても、ひとたび製品の品質に納得してもらってブランドイメージが浸透すれば、人気に急激な火が付くのがインド市場の特徴です。「ヤマハ」ブランドは着実に浸透し始めており、高価格帯に振ったプレミアム戦略に手応えを感じています。
プレミアム戦略ではどのような付加価値によって他社と差異化しているのでしょうか。
二輪車の「知能化」には力を入れています。例えばユーザーが自分のバイクとスマホを接続して、目的地の履歴やバイクのメンテナンス状況などを可視化できるようにするなど、二輪の「コネクテッド」をすでに実現しつつあります。これが我々の言う知能化です。
デジタルに精通したZ世代が主なターゲット層になる中、四輪だけでなく、二輪でもソフトウエアの重要性は確実に高まるだろう、と商品企画にいた頃からずっと考えていました。とりわけ四輪よりも購買層が若い二輪ではより近い将来に、エンジンやデザインなどのハード面だけでなく、ソフトの価値が中心になってくるでしょう。
デジタル面での優位性に加え、ヤマハ独自の「人間研究」で培った成果も製品に埋め込むようにしています。「人間研究」とは、人はどんな時に感動し、気持ちいいと感じるのか、あるいはどんな製品に愛着を持つのか、など人間の感覚的な領域を研究し、実際に製品に落とし込もうという取り組みです。デジタル領域だけでなく、製品に対する感覚的な親しみやすさもプレミアム戦略における重要な価値の一つです。

設楽 元文[したら・もとふみ] 氏
埼玉県出身。1986年、ヤマハ発動機に入社。二輪事業の経営企画や、マリン事業本部で事業企画部長などを歴任。2022年取締役上席執行役員、24年代表取締役副社長執行役員を経て、25年3月から現職。趣味はキャンプ、ツーリングなど。 愛車はヤマハ発動機の大型二輪「XSR900」。
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