イスラエルが、カタールのドーハに拠点を置くハマスの幹部を標的に爆撃を行った。ドーハには米軍の司令部があり、米政府は困惑している。トランプ大統領は激怒したという。湾岸諸国とイスラエルの関係を改善して中東の安定を図ろうとしてきた米国への信頼は失われている。

 2025年5月、カタールの首都ドーハ近郊の米軍基地を訪れた米国のドナルド・トランプ大統領は、格納庫の中で演壇に立ち、一つの約束をした。

 演壇の後ろには米軍兵士がぎっしりと並び、左右には無人機「MQ-9リーパー」とジェット戦闘機「F-15」が控えていた。その勇ましいビジュアルには、同大統領が同盟国に約束した言葉を裏打ちする意図があった。

 トランプ大統領は「米国や同盟国の防衛のために必要であれば、米国の力を振るうことをためらわない。そしてここに、我々の偉大な同盟国の一つがある」と語った。

 9月9日、その偉大な同盟国を、米国の別の同盟国イスラエルが米国製のジェット戦闘機を使い爆撃した。標的は、イスラム組織ハマスの幹部が会合を開いていると見られるドーハ市内の住宅だった。

 攻撃は失敗に終わったようだ。ハマスの下級要員が5人死亡したものの、幹部は生き延びたと伝えられる(ただし攻撃後、公の場に姿を見せていない)。

 攻撃は戦術的に失敗しただけではない。ガザ紛争の停戦交渉を危うくする可能性がある。

 それに加え、湾岸諸国の多くの指導者が抱き始めていた二つの懸念も一層強まった。一つは、たがの外れたイスラエルが今や地域の覇権国家となっていること。もう一つは、米国がもはや湾岸の安全を保証できないことだ。

現実的脅威がない中で

 23年10月7日にハマスが約1400人のイスラエル国民を殺害または拉致して以降、イスラエル政府はハマスの指導者たちを追い詰めると明言してきた。しかしこれまで、カタールに潜伏するハマス指導者は標的としなかった。この小さな首長国にはハマスの政治局が置かれているが、米中央軍の地域司令部もある。

出所:The Economist
出所:The Economist
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 カタールでの爆撃計画には、イスラエルの対外特務機関モサドや軍の司令官らが反対した。停戦交渉の再開に向けたトランプ大統領の努力を台無しにし、ガザ地区にまだ捕らわれている人質を危険にさらすとの理由だ。それでもイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は攻撃を命じた。前日の8日にエルサレムで市民6人が殺害された銃撃事件をめぐり政府が非難されていることも理由の一つだ。

 ハマスによるテロ攻撃以降、イスラエルが爆撃した国は、カタールで6カ国目になる。他の国や地域への攻撃については、現実的な脅威への対抗と主張できた。イラク、レバノン、パレスチナ、シリア、イエメンの武装組織はいずれも23年10月7日以後にイスラエルを攻撃した。イランも同様に、地域の敵対勢力の多くを支援している。

 しかしカタールについて同じ主張はできない。

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