【今月の一枚】

XAVIER「Call In Sick feat.chelmico/球体 feat.塩塚モエカ」

ラップと羊文学のグラデーション

 ラップとかヒップホップとかと聞くと、かつて治安がかなり悪かったニューヨーク・ブロンクスのジャマイカ系住民が生み出したとされる成り立ちもあって、「反抗」とか「反権力」といった印象を持ってしまう。そういう文脈において、恋愛など日常の心情を歌い込む日本のラップミュージックにわざわざかぎかっこ付きで表記し、否定的に捉える向きもないではない。(時事ドットコム編集部 宗林孝)

 この秋、「XAVIER(シャビエル)」というコラボレーションプロジェクトが女性ラップユニットのchelmico(チェルミコ)を迎えて発表した「Call In Sick」という新曲も、二日酔いで迎えてしまった朝の状況を歌っているわけだが、Rachel(レイチェル)とMamiko(マミコ)の手によるリリックには批判精神がないと切り捨て、聞かずに終わるのはもったいな過ぎる。

 そもそもラップには批判精神がなければならないという命題自体、うさんくさくはあるのだが、「失われた30年」とされるほど長期低迷に陥っている日本経済の中に置かれ、先行きなどさっぱり見えない若者に不満がないわけはないだろう。給料は増えない、頼りにしていた親はどんどん年を取っていく、そして世界的なコロナ禍で生活すらままならない、と状況はお先真っ暗だ。

 前夜に飲み過ぎ、起きてみたら「胃腸が心臓になってるみたい」で、「隣で寝ているこいつら」が誰であるかすら分からず、果ては職場に「Call in sick」、つまり病欠の電話を入れる。間奏などで時折入ってくるサックスやフルートの気の抜けたようなメロディーラインと合わさって、投げやりな気分が増幅される。

 XAVIERの中心メンバーが、元The CHANGの石井マサユキ、UAや坂本龍一ら一流アーティストを支えたサウンドエンジニアのZAK、Buffalo Daughterの大野由美子の3人である以上、音楽的な品質も保証済み。

 この気鋭の3人が「Call In Sick」と組み合わせて7インチシングルレコード(各ストリーミングサービスなどでも配信中)に仕立て上げたのが、羊文学の塩塚モエカがボーカルとして参加した「球体」だ。羊文学と言えば、重厚で多彩なギターサウンドをバックに、1970年代、80年代のフォークソングをリスペクトしたような叙情的な歌詞を塩塚が素直な声質で口ずさむ、今やオルタナティブ・ロックの旗手とも言える存在。

 2017年に今の編成となった羊文学は、翌年リリースされた、もうすぐ大人になることの行き詰まり感や絶望感を見事に表現したファーストアルバム「若者たちへ」が、その女性の顔をどアップにしたジャケット写真のインパクトと共に話題となり、昨年、2枚目のアルバム「POWERS」でメジャーデビューを果たした。

 塩塚は羊文学でギターとボーカルのほか、全楽曲の作詞作曲も担っていて、正真正銘、バンドの柱とも言うべき存在だが、今回はボーカルに集中した形だ。その分、余計な肩の力が抜けたのか、XAVIERの石井による美しい旋律と独特の歌詞を、真っ青な海の中を漂う透明なクラゲのようにゆらゆらと歌う。

 一見、ラップとオルタナ系は食い合わせが悪いようにも思えるが、「その正体の Truth 野放しのままで 朽ち始めた『時』」「光はもう届かない 主人はもうどこにもいない いつも探している」といった「球体」の歌詞からは、「Call In Sick」に通じる日常の中に閉じ込められたかのような不安感を呼び起こす何かが伝わってきて、この組み合わせが必然だったように思える。

 新進のイラストレーター、雪下まゆが手掛けたジャケットの女性の視線はまっすぐで、絶望的な状況の中でも生き抜こうとする力強い意志を感じさせてくれる。

 今回のシングル発売の発表は「第二弾も乞うご期待!」という言葉で締めくくられているので、XAVIERというプロジェクトは今後もさまざまなトップアーティストとコラボレーションして新たな地平を見せてくれるのだろう。今から楽しみでならない。

(Pヴァイン)

(2021年12月10日掲載)

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