人気レストランがガラガラに、「禁酒令」が外食産業に与えた大打撃【洞察☆中国】
2025年09月11日13時00分
日中福祉プランニング代表・王青
先月、筆者は北京と上海に出張で行った際に、公私ともに外食することが多かった。北京ダックや羊肉のしゃぶしゃぶ、地方の名物料理などを堪能できた。いずれも中心街にある人気レストランであるが、金曜日や休日など、普通なら混雑しているはずの夕食の時間帯にもかかわらず、ほとんどの店はお客が少なく、ガラガラの状態であった。コロナ禍前は、こうした人気店の入り口がいつも席待ちの人でごった返していた。今では、あのような光景からすっかり変わってしまった。一体、どうしたのだろうか。
「史上最も厳しい禁酒令」
仕事の関係者らや地元の友人たちと食事をしながら、その理由を尋ねてみた。当然コロナ禍の影響もあるが、経済の低迷が続き、人々が財布の紐(ひも)を固くしているという。そして、食事のデリバリー配達があまりに便利で、実店舗にお客さんが来なくなったことも大きな要因だ。加えて、「実は『禁酒令』の影響は大きい」と皆が口をそろえた。
「禁酒令」とは、今年5月に中国政府が発表した「党政機関による厳格な節約と浪費反対に関する条例」のことだ。具体的には、平日のすべての時間帯において飲酒を厳禁とする。勤務時間外であっても家での会食での飲酒は規則違反。また、公務での接待ではいかなる酒類の提供も禁止し、投資誘致などの特別な場面であっても、事前に1件ごとに審査・許可を受け、さらに規律委員会に届けなければならない。
もし違反が発覚したら、飲酒した本人だけでなく、管理監督に不備があった組織の責任者が処分対象となる。さらに、アルコール検知入館システムなどのハイテク技術を導入し、過去24時間以内の飲酒履歴を追跡する、などである。全国の公務員、外郭団体の職員、さらには国有企業の従業員も対象とされている。故に、「史上最も厳しい禁酒令」と世間では言われている。
中国のメディアは、「禁酒令」の打ち出しにはいくつかの背景があると解説する。主に、これまで一部の公務接待の場では、飲酒、特に高級酒の消費が、過度な公費の浪費につながり、利益供与の手段や賄賂の温床になっていた。また、不動産市場が崩壊し、土地使用権の売却収入に深く依存する地方政府の財政が悪化し、節約が急務となった。禁酒令を実施することにより経費の削減につながり、腐敗の連鎖を根本から断ち切ることができる。
交渉の場は「酒卓」、そんな文化が禁じられ…
もともと、中国には「酒卓文化」というものがある。つまり、公式・非公式を問わず、円卓を囲む会食の席で、お酒(主に白酒:パイジュー)を酌み交わし、また、「乾杯(ガンペイ:一気飲み)」を共にすることで、親密さや信頼関係を醸成することができる。いわば、お酒はコミュニケーションを図る重要な「潤滑油」のようなものだ。
さらに、「酒を飲めば飲むほど仲が深まる」「酒の量で誠意が測られる」という考え方もある。故に、これまでビジネスの交渉場所は、オフィスではなく「酒卓」であるとされてきた(近年、健康問題やハラスメントの懸念から、「酒卓文化」に対して批判の声が出ている)。
公務員やビジネスマンはこの「禁酒令」によって、禁酒生活が始まり、健康には良いかもしれないが、飲食業界は大きな打撃を受けている。業界の統計によると、中高級レストランの売り上げが15~40%の減少となった。雇用も苦境に立たされ、全国で約5万人の従業員が失業のリスクに直面している。そして、中国酒業協会のデータでは、高級白酒の卸値はすでに10~15%下落し、販売量は激減しているという。
中国国内の専門家は、「禁酒令の導入は公費飲食の抑制や清廉な行政の推進という点では評価できるが、関連企業が相次いで倒産していることを懸念している。影響を受けた業界がどう生き残るのかが課題だ」と指摘する。
筆者は今回の中国訪問で、レストランが来店客のお酒やお茶の持ち込みを認めたり、わがままを聞いたりと、「お客様は神様です」と言わんばかりに扱うことがとても印象的だった。
(時事通信社「金融財政ビジネス」より)
【筆者紹介】
王 青(おう・せい) 日中福祉プランニング代表。中国・上海市出身。大阪市立大学経済学部卒業。アジア太平洋トレードセンター(ATC)入社。大阪市、朝日新聞社、ATCの3者で設立した福祉関係の常設展示場「高齢者総合生活提案館 ATCエイジレスセンター」に所属し、広く福祉に関わる。